江戸小紋染色作家
  藍田 正雄さん
富岡製糸場世界遺産伝道師協会長
  近藤 功さん
前宮内庁紅葉山御養蚕所主任
  佐藤 好祐さん
写真家
  田中 弘子さん
前碓氷製糸農業協同組合長
  茂木 雅雄さん
司会 上毛新聞社総務局長
  内山 充

特色ある群馬の生糸絹産業の未来へ期待

茂木 雅雄さん 
田中 弘子さん
佐藤 好祐さん
近藤 功さん
藍田 正雄さん

内山: 絹産業の未来について、語っていただきたい。新年度から国の蚕糸・絹業の支援制度が変わる。
茂木: 国が考えていることを、碓氷製糸は十年前に始めている。生糸を扱う人から「群馬の糸で特別なものを」と依頼されたのが始まり。採算を考えるとかなり高くなるが、それを承知の上で買っていただいている。国の制度は、これを全国に広げる試み。問題点もあるが期待もしている。
佐藤: 難しい時期だが、オリジナルの生糸を作ることが必要。大量生産的な生糸では、輸入品にかなわない。特殊性のある品種が主流とならなければ、生き残れないだろう。
藍田: 群馬の「世紀二一」で織った反物は、海外の生糸で織った反物より値段は高いが、染色性が良いので毎日使っている。群馬の生糸で「どういうものを作るのか」「何が作れるのか」ということが問題。どういうものにこだわっていくのかを考えるべきだ。
内山: 正倉院の御物の復元に昔からある「小石丸」という生糸が使われている。そこから方向性を見いだせないか。
佐藤: 国の新しい支援策は、川上から川下までをグループ化するということ。この考えでみると、正倉院の御物は「川下」で、使う生糸は碓氷製糸が作り、その原料を宮内庁が提供している。こうした川下から川上にさかのぼる形の養蚕が、主導的にならざるを得ない。川下が欲しがる「小石丸」のような個性的な生糸を提供することが必要だ。
内山: 生糸の元にあるのは養蚕。その養蚕がなくなってしまっては、旧官営富岡製糸場が世界遺産に登録されても、その意味合いが違ってくると思うが。
近藤: 六合村の養蚕を復活させる試みを手伝っている。昨年初めて繭ができた。それを加工して市場に出すことを考えている。養蚕の量を増やして、土産物でも作れれば細々とでもつながっていく。養蚕は二十、三十歳代の人でなくてもできるから、友好関係のあるボランティア団体と連絡を取って、助けを求めている養蚕農家があれば手伝いたい。
内山: 田中さんはレンズを通して、養蚕を紹介してきた。写真家として群馬の養蚕をどう見る。
田中: 一九九八年から二〇〇五年まで群馬に通って写真を撮り、「繭の輝き」としてまとめた。絹産業は群馬で一番自慢できるもの。それなのに小中学校で接する機会が少ないという。校庭に桑の木を植えたらどうか。そういうことが未来につながると思う。
茂木: 以前、川崎市の小学校の児童が作った繭を生糸にしてあげたことがある。そのとき、保護者から「蚕を飼い始めたら、人間が優しくなった」などと言われた。教育上、養蚕ほどいいものはない。
内山: 絹産業を、かつてのような輝かしい産業に戻すことは難しそうだ。では、どうすればいいのだろうか。
藍田: 「これが群馬の反物」だということを広く紹介したい。幅広く使ってもらうために、例えば、学校を通して、絹の凧(たこ)でも作ってみてはどうか。
近藤: 面白いアイデアだ。伝道師はキャラバンという形で学校を訪問して、子供たちに話をしたり、座繰りを体験させているが、凧作りも絹に親しんでもらうきっけになりそう。製糸場もただ残すのではなく、蚕を飼って見学できるといい。絹産業に目を向けてもらう機会が増えれば、いい知恵も出てくる。
田中: 養蚕農家の空気や家の造りといった「本物」を見てほしい。桑畑も残したい。現地で本物を見なければ、感じられないものがある。
内山: どうすれば養蚕の活路が見いだせるのか。「教育や環境面からとらえては」という意見もある。
佐藤: 産業という視点が欠かせない。特徴のある品種を碓氷製糸につなぎ、さらに川下につなぐ。ただ、養蚕従事者の平均年齢は七十歳を超えている。そういう状況では「少量多品目」でしか残れない。抗菌性のある生糸を作る研究もあるようだが、革新的な蚕を開発して、それを糸に加工し、新しい織物を作る流れに期待したい。 茂木: 「川下」がどれだけ理解してくれるのかが重要だ。さらに後継者の問題もある。国は大規模経営をすすめているが、養蚕は大規模経営には向かない。その中で、どうやって残すのかを考えると、退職した人たちに「定年したから蚕でもやるか」といった気持ちでやってもらうのもいい。国産品の価値を認め、「農家が養蚕をやめてしまうと困る。本当にこれでいいのか」とまで言って、高値で繭を買ってくれる人もいる。あきらめることはない。
内山: 厳しいながらも、養蚕が生き残る道はあるということだろう。製品を売るにはどうしたらいいのか。
藍田: 差別化に力を入れている。昔のものだけでは、品物は動かない。生糸の光沢を生かしたり、逆に光沢のある生糸の光を止めるなど、差別化できる染色に取り組んでいる。
近藤: 少しでも多くの人に関心を持ってもらう。特色のある群馬の製品が、目に見えて分かるようになればいい。そういうことに富岡製糸場を使えないだろうか。
田中: 見慣れた風景や日常生活の中にあるものの価値は見えにくい。けれども写真を撮って、じっくり眺めると見えてくる。これからも群馬に通って、その良さを写真で見せたい。
内山: 佐藤さんは長く皇室の御養蚕にかかわってきたが、皇室の役割はどうか。
佐藤: 皇室の御養蚕は一世紀半の歴史がある。十五万匹の蚕を飼い、約二百キロの繭ができる。この繭は皇室外交で使われる。繭を生糸にして、桐生の繊維工業試験場で広幅の反物に織って、外国の要人に差し上げる。皇室がお土産として持って行くもの、つまり日本を代表するものは生糸や絹だ。その基をなすのが群馬の生糸や絹。なくなっては困る。皇后さまも養蚕農家が存在する限り、続けていきたいとお考えのようだ。皇室が先導的な役割を果たされることを期待している。



●カラー口絵には、写真家・田中弘子さんの「繭の輝き」(林忠彦賞受賞作品)から9点を掲載。
●詩人・房内はるみさんによる、繭の美しさや絹の思いが凝縮された詩「座繰りをまわす女」掲載
・4/6版234ページ・口絵カラー12ページ
・定価:1.260円
第1巻「繭の記憶」