70・番外編(下)家族の絆 転居の混乱乗り切る 掲載日2006/1/21
冬の日差しが入る暖かいリビングで過ごす母

 沼田市で一人暮らしをしていた母が、前橋市に新築したわが家に引っ越してから8カ月余りがたった。認知症(痴呆)が始まっていることもあるが、いまだに新しい家になじめないでいる。
  「ここはどこだい?」 「前橋だよ。自分の家じゃないか」
  「本当かい!?」
  こんな会話を毎日のように交わしている。
  「高齢者は生活環境が変わると良くない」とよく聞く。長く生活し親しんだ家が人生の中でどれだけ大きな存在なのか、あらためて考えさせられている。
  母が引っ越してきた初日は大変だった。深夜、私が2階の寝室で寝ていると、1階で「ドン」「ドン」と大きな音。驚いて1階に下りると、母がかばんを持って「家に帰してください」と玄関の戸を内側からたたいていた。
  翌日からしばらくの間は「こんなホテルに泊まってお金がないよ」などと不安そうで、自分がどこにいるのか理解できずに混乱していた。
  私と妻は、こんな事態も想定して、母との同居の時期を連続で休みの取れるゴールデンウイークにした。判断は正しく、引っ越し直後の混乱をなんとか乗り切った。
  嫌がる母を無理やり連れてきたわけではない。「一人暮らしはやだ」と常々言っていた母。私が「家を建てたら、おかあちゃんの部屋もあるよ」と話すと「庭の見える部屋がいい」と喜んだ。実現までには時間はかかったが、母が生活しやすいように間取りや設備なども考えて、十分な準備をした上での同居だった。
  家について、母の中では「誰の家なのか」が重要らしい。父の建てた沼田の家は「自分の家」。しかし、住み始めた新しい家は「他人の家」という認識からスタートした。私が何度「ここはおかあちゃんの家だよ」と説明しても、自分の中で整理ができないようだ。
  母は介護保険制度の要介護度「2」の認定を受け、昼間は施設のデイサービスに通う。施設に行った日は、仕事で帰宅した妻に「留守に来ちゃったよ」と決まって話す。息子夫婦の家(他人の家)にお客さんで来ているという認識らしい。
  逆に施設に行かない日は終日家にいるので「自分の家」になる。帰宅した妻が台所で夕食を作っていると、けげんな顔をするという。どうも、自分の家に他人(妻)が勝手に入り込んだと疑っているようなのだ。
  こんな感じで、母の中でわが家は、自分の家だったり、他人の家だったりする。物忘れも多くなり、その時々の対応も大変だ。今年は、私と妻を含め「三人の家」であることを母に認識してもらう努力を続け、家族の 絆(きずな)をあらためて築いていきたいと思っている。


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