中高年からのスタート(32)脳梗塞を越えて(下) マイペースが第一 掲載日2009/07/16
茨城・涸沼周辺を走ってきた石飛さん
 脳梗塞(こうそく)を患った伊勢崎の石飛征造さん(70)は2007年夏、退院すると再び、自転車に乗った。赤城山に上ることはなかったが「ウナギが食べたい」と自転車で伊勢崎から館林まで足を延ばした。利根川沿いに下り、埼玉県行田市、加須(かぞ)市を往復した。
 石飛さんとよく同行したのは加藤孝司さん(75)=伊勢崎市東町=だ。石飛さんにとって加藤さんは6年来のライバルだ。自転車にのめり込んで1年ほどたった石飛さんを、風のように追い越していくロードバイクがあった。後ろに付いて追い掛けると、自分よりも5歳上だと分かった。それが加藤さんだった。
 「自分よりも年寄りに追い越され、悔しかったね。乗っている自転車の性能が違うせいだとばかり思って、自転車をすぐ買い替えたよ」と石飛さん。以来、2人はあちこちに一緒に出掛けた。石飛さんの行動範囲はいっそう広がった。
 しかし脳梗塞は完治していなかった。退院2カ月もたたないうち、「前橋」という漢字が思い出せない。古里の「福岡県添田(そえだ)町」が書けない。再入院は2週間だった。
 「もう絶対、無理な運動はしない―と誓ったね。追い越されても怒らない。そうじゃないと『死にますよ』と医師から宣告されたからね」
 退院後、石飛さんは毎朝、10種を服薬することを欠かさない。自転車で走る距離は1日40キロに、そして必ず20キロ走れば休憩を取る。それでも自転車を始めたころよりも体力はあると思っている。
 石飛さんは先月、加藤さんと茨城県の涸沼(ひぬま)周辺を走ってきた。マイカーに自転車を積み、北関東道で茨城入りした。「車を使えば自転車の楽しみ方はもっと広がる。とにかくマイペースが第一」と笑う。


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