49・ 「橋下」の人と再会 小さな旅 掲載日2006/10/14
橋下には「生活」がある。埼玉県熊谷市側の刀水橋=2005年11月

 橋下のサイクリング道の脇(わき)に、その人は遠い目をして立っていた。黒々したひげをたくわえ、ぎょろっとした目。いつも同じ服装で、自転車には家財道具一式が積まれているようだった。
  3年ほど前だっただろうか。その人とは通勤途上、すれ違うだけなのだが、ほぼ毎日会ううちに、自然とあいさつを交わすようになった。「ホームレスですか」と真正面から質問することもできず、ただただ、あいさつをするだけの間柄。そんな日が1年近く続いた。
  じっくり見たわけではないが、その人は、ラジオを持っていて、高校野球中継を聞いていた。どこの、どんな家に住んでいるのかは知らないが、白っぽい犬を飼っていた。犬は従順で、静かにその人の近くにいつもいた。夕方になると、その人は飼い犬を前かごに乗せて、利根川の上流に向かって移動。揺れるかごの上で犬は、ほえることなく、じっとしている。
  「いつか、じっくり話がしたい」と思っていた。犬のこと、趣味や暮らしぶり、生きがい―。しかし、切り出せないでいるうちに、その人は定位置だった「橋下」から姿を消してしまった。
  4年近くなる自転車通勤途上では、橋の下に住む人も気になった。ちらっ、ちらっと目の端に姿を焼き付ける日が続いた。ある日、橋下のふとんが、ぴくりとも動かないので、「異変でもあったか」と足を止め、近づいた。その途端、せき払い。安眠を妨げては失礼と、静かにその場を去ったこともあった。
  「その人」が姿を消して半年後。前橋市内の跨線橋(こせんきょう)近くで偶然、愛犬を連れた、その人と再会した。
  「どうしていたんですか。また、橋下に戻ってこないんですか」と私。その人は、あいまいな笑いを浮かべ「うん、あぁ」と答えた。
  結局、その人との会話は、それきりになってしまった。
  私にとって自転車通勤は小さな旅。小さな発見、感動が待っている。


前ページへ 次ページへ