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| 上野村の旧道を走る吉田さん(後ろから2人目)。ハイカーと出会うと、吉田さんはMTBを降りて必ず道を譲るなど、山のマナーを大切にしている |
南牧村と鬼石町(現藤岡市)を結ぶ御荷鉾スーパー林道が全線で開通したのは10数年前。一方で、奥多野の数多くの峠道が荒廃し、姿を消そうとしている。
先日、上野村の旧道を一緒に走った鈴木敦さん(43)=東京都あきる野市=ら、マウンテンバイク(MTB)愛好者らは、そんな状況に危機感を募らせ、春秋に峠道の道普請を続けている。「よそ者が年数回作業するだけ」と鈴木さんは謙虚だが、その活動に対し、地元の理解者は着実に増えている。
96年、上野村栂(つが)峠から始まった道普請は、十石峠旧道を終えて、現在まで10年間続く。道普請メンバーの一人で会社員の吉田勝紀さん(43)=吉井町=は「奥多野の暮らし、文化が詰まった峠道がこのままなくなってしまうのは、しのびない」という。峠道を走るだけでなく、道への感謝、奥多野への感謝を道普請という形で現している。そんな思いが伝わってきた。
鈴木さんらは、04年から神流町と下仁田町境にある杖植(つえたて)峠南側の旧道整備に取り掛かった。地元の協力者を通じて私有地分は地主の許可を得た。これに続く国有林でも粘り強く担当部署に足を運び、許可を得て昨年から作業が始まった。
メンバーは約10人。道をふさぐササや倒木をチェーンソーやかまで取り除く。わずかに残る道を草を刈り払いながら進む。切り倒した倒木は路肩の甘い所へ土留めに使う。
雪の少ない西上州の山々は、山岳サイクリング愛好者には、絶好のフィールドだ。鈴木さんの案内で十石峠旧道をMTBでゆっくり走る。ふかふかのベッドのような木の葉が積もる。木の葉が天然のブレーキとなり、MTBは停車。なぜかうれしさが込み上げてきた。
奥多野の過疎化は深刻さを増している。奥多野の暮らしと歴史を色濃く残す峠道。それを愛し、後世に残そうとする鈴木さんらの活動を知って、山村の新たな可能性を感じた。 |