上毛新聞社「21世紀のシルクカントリー群馬」キャンペーン
富岡製糸場を視察する外国人専門家ら=9日
外国人専門家と県世界遺産学術委員会メンバーが意見交換した国際専門家会議=10日
シルクカントリー群馬2010国際シンポジウム=6日
検証 シルクカントリー国際シンポ/国際専門家会議 「世界遺産のプロ」が富岡製糸場視察 お墨付きで運動へ弾み
掲載日2010/02/20
本県の世界遺産候補「富岡製糸場と絹産業遺産群」の推薦書作成が進む中、国内外の専門家を招いた「シルクカントリー群馬2010国際シンポジウム」と「国際専門家会議」が今月上旬、県内で相次いで開かれた。同遺産群の核となる旧官営富岡製糸場が高い評価を受け、県側が提示したコンセプト案がおおむね理解されたことは大きな成果だった。一方で、詳細なストーリーや構成資産の枠組みといった戦略的な課題がより鮮明になった。今回の議論は何を残したのか、検証した。(江原昌子)
真正性と完全性
「建物がとても良好な状態で残っている」「世界遺産として認められる価値がある」。富岡製糸場を初めて視察した専門家たち6人はいずれも、その大きさと、1872(明治5年)の建設当時の姿をほぼとどめている点を称賛した。
同製糸場にはこれまでもさまざまな研究者が訪れているが、今回は国際産業遺産保存委員会(ティッキ)メンバーや、世界遺産委員会の審議を経験した元日本政府代表ら。特にティッキは、国連教育科学文化機関(ユネスコ)の諮問機関である国際記念物遺跡会議(イコモス)と密接な関係があり、産業遺産の世界遺産登録に大きな影響力を持つと言われる。
その「世界遺産のプロ」とも言える人たちが本登録の条件である「真正性」(本物であること)、「完全性」の点で非常に高く評価したことは、県や関係市町村、登録推進運動にかかわっている市民らを一様に安堵(あんど)させた。
県内の絹産業遺産の視察後に開かれた国際専門家会議(10〜11日)では、推薦書のコンセプトや構成資産の個別評価が議題に上った。いずれもティッキに関係する外国人専門家4人と、推薦書の内容を検討している県世界遺産学術委員会の4人が主に意見交換した。
在来技術の観点
県側は事前に作成したコンセプト2案を提示。「絹産業」と「日本の近代化」をキーワードにしているのは同じだが、一方は養蚕―製糸―織物―流通という一連の産業遺産が県内に残っている点を重視し、もう一方は養蚕、製糸の先進技術が本県から全国に伝わった歴史が柱になっている。
これに加えて同学術委員会の委員が主張したのは、上州特有の在来技術を強く打ち出す方針だった。本県では江戸期から手作業による座繰り製糸が盛んで、富岡製糸場の設立によって全国に器械製糸が普及した後も生産量は器械を上回っていた。養蚕農家が組合を作り、座繰りを改良して品質を高めた特有の形態と、西洋から導入した先進技術の両方で生糸輸出に貢献したというストーリーだ。同学術委員会は会議の中で、在来技術の観点を強調していくことで合意している。
イコモスも来県
背景には、どの国からも理解を得られやすいコンセプトを立てる戦略があるようだ。今回は欧州の専門家を中心に招いたが、新年度は先進国、途上国に関係なく幅広い地域の委員を抱えるイコモス関係者に来県してもらう予定だ。県世界遺産推進課の松浦利隆課長は「アジアにおける西洋文明の象徴である富岡製糸場は、たとえばアフリカや中東の専門家だったら今回とは違う見方をされるかもしれない。この時、在来技術の発展の観点があれば理解が深まりやすいのではないか」と話す。
ただ、組合製糸をストーリーに組み入れる場合、証明するための資産が問題になってくる。現在の構成資産10カ所では旧甘楽社小幡組倉庫(甘楽町)が唯一、組合製糸と直接関係があるが、倉庫単独では国の法的保護を受けられる見込みは極めて低い。構成資産以外では、全国一の組合製糸だった碓氷社の事務所が安中市内に保存されているが、民間会社が所有していることや、生産施設が現存していないなどがネックとなる。
◎今後の戦略 理解が深まる枠組み決定を
構成資産の枠組みについては専門家の見解はそれぞれで、「富岡製糸場だけに絞る方法もある」という意見も出れば、国の保護を受けていない桐生市本町の建造物群や伊勢崎市境島村の養蚕農家群が高く評価される場面もあったという。同学術委員会委員長の岡田保良国士舘大教授は「専門家はみな、富岡製糸場が占める位置は大きいという認識だった。関連資産を入れれば入れるほどユネスコやイコモスに対する説明がより複雑になり、それだけ理解される可能性も少しずつ乏しくなる。どこまで絞り込むかがこれからの課題になってくる」と話し、最終的には10カ所より少なくなる可能性を示唆した。
県は当初、本年度中に推薦書を世界遺産委員会に提出し、2012年の本登録を目指すスケジュールを示していたが、他県の世界遺産候補との兼ね合いで文化庁の判断によっては13年以降に見送られる可能性も出てきた。1年先延ばしになるとしても、法的保護されていない遺産や比較研究など検討課題の解決に費やせる時間はそれほど多くない。コンセプトをもう一度練り直し、明確なストーリーに沿って枠組みを決める作業が早急に必要になるだろう。
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