31・ 佐渡一周(下)9時間の苦闘に終止符 掲載日2006/6/10
大野亀付近はトンネルが続いた

 甲羅(こうら)のような形をした岩を左手に、自転車は快走を続けた。道端にはオレンジ色のカンゾウの花が咲き始めていた。これで晴れ渡ってくれたら、望むものはない。
  午前九時すぎ、無情にも雨が落ちてきた。雨脚はどんどん強くなり、横風と一緒になり、雨粒が顔に打ち付けた。たちまち服がぬれ、たまらずレインウエアを取り出した。
  同宿だった瀬古浩平さん(64)=東京都多摩市=は、雨具の用意がなかった。100キロ地点まで4時間という好ペース。しかし、降り出した雨で全身ずぶぬれ、雨が容赦なく体温を奪っていった。いくら自転車をこいでも体が温まらなかったという。休憩所で天候と体力の回復を待ったが、リタイアした。市民ランナーでもある瀬古さんは「マラソンなら雨は走りやすい。でも、自転車では雨具は必須。甘く見ていた」と反省する。
  100キロ地点を過ぎると雨に加え、向かい風が体力を奪った。何よりも誤算だったのは背中のリュック。中にはパンや補給食がぎっしり。20数キロごとにあるエイドステーション(AS)には、おにぎり、バナナ、パンなどがふんだんにあった。自分で大量に食料を用意しなくてもよかったのだ。「この重い荷物がなければ、もっと楽に走れたかも」と、つい愚痴になった。
  ゴールまであと40キロ地点に最後のASはあった。そこで「この先、最後の上り坂があるよ。がんばって」と助言された。“最後”というから坂は一つだけと信じ込んでいたが、長い坂、短い坂が次々と出現。もう、サドルに座ったまま、急坂を上る体力は残っていなかった。「もう、自転車を降りて押そう」と挫折しそうになった。が、「制限時間にはまだ十分ある」と思いとどまり、のろのろと自転車に乗り続けた。
  雨でぬれたスピードメーターは表示不能。どれくらい走ったのか、分からぬまま、平らな道路になった。そこは、もうゴール近くだった。午後3時すぎ、ゴールのゲートが見えた。9時間の苦闘も終わりが見えた。


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