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自然学舎「どんぐり亭」亭主  加藤 久雄(高崎市元島名町)



【略歴】新島学園高、同志社大文学部卒。高崎豊岡小教諭、樹木・環境ネットワーク協会員、グリーンセイバー・マスター。著書に『どんぐり亭物語』(海鳴社)。



人の根の大切さ



◎見えない部分への感謝



 ある日、一人の教え子を校舎の最上階に連れて行った。ベランダから、満開の桜が見えた。

 「なあ、あの桜、きれいだろ。なぜ、あの樹きがあんなにきれいな花を咲かせることができるか、分かるかい?」

 「…わかんない」

 「君の目に見えていないもののお陰なんだよ。あの樹の、目に見えない所ってどこだろう」

 「あっ、根っこ」

 「そうだね。根があのきれいな花を咲かせているんだ。あの美しい花を咲かすために、桜の樹の根は1年間、目に見えない所で頑張り抜いている。地面の下には、あの桜の樹よりはるかに大きな根が張っていて、あの樹を支えているんだよ。だから、嵐が来ても倒れない。春になると、美しい花も咲かせられる。目に見える部分だけ気にしちゃだめ。本当に大切な所は、大抵、目に見えない所にあるの」

 さらに、こう続けた。

 「他の人に見えない根っこを大切にしてください。毎日のお掃除や給食当番。誰かの役に立って、誰も気にしないような所こそ丁寧に心を込めて、やるんです。そうすると、いつか君もあんなきれいな花を咲かせることができると思うよ」

 その子はもう一度、桜を見て、ぱっと表情を明るくして、「先生、ありがとう」そう言った。

 樹の医者になるための修業をしている時、僕は、樹木がどれほど目に見えない世界で、命を支えるバランスをとっているかに驚いた。地中の根や空気(季節)を忘れて、いくら治療しても、樹木は元気を取り戻してはくれない。

 そして、僕が本業とする教育の仕事も同じであることに気がついた。

 皆さんの根はどんな所に張っているのだろう。亡くなったおばあちゃんからの教え、自然からのメッセージ、遠く離れた親友の一言。そんなことも、きれいな花を咲かせてくれる根っこかもしれない。

 命とは、目に見える部分と見えない部分に育てられながら「巡るもの」だ。教員のように毎年、同じ年の子を何十年も“定点観測”しているとそれがよく分かる。そして、見えない部分の方がはるかに大きいことも。そこに気づくことから、人としての謙虚さも生まれる。

 命を育てる教育が、目に見える数値や効率だけにとらわれて、命の本質を見失ってはならないと思う。

 目に見えない部分の支え。それへの気づきと感謝。そういうものをないがしろにした教育からは、相手に打ち勝つ心や自分だけの損得を考える心しか生まれないように思う。そんなちっぽけなもののために、人は生まれてきたのではない。

 100万人超といわれる引きこもりや不登校児の存在は、その警鐘のように思えてならない。








(上毛新聞 2010年12月25日掲載)