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県立女子大学非常勤講師  石山 幸弘(前橋市富士見町時沢)



【略歴】県立土屋文明記念文学館など勤務を経て、県立女子大非常勤講師。県内に足跡を残す明治末期の社会主義青年群像を追っている。



大逆事件から100年



◎進む行政的な名誉回復



 昨今、大阪地検特捜部の検事による証拠改ざんが発覚し、容疑者が逮捕となった。この事件で無罪判決を得たひとは会見で「まことに恐ろしいこと」と述べていた。市民感覚からすれば、今回のようなことは、これまでもあったのではないかという疑問を起こさせる。改ざんまではいかなくても、被告に有利な証拠を握りつぶすという疑念である。

 今からちょうど100年前の明治43年5月下旬、「大逆事件」が発覚し、翌年1月、12名を死刑に処した。予審を経て公判期間がほぼ1カ月、証人不採用で、判決から処刑まで6日間というスピードだった。実質非公開のこの裁判は、日露戦争後の疲弊した世上に政治のあり方を強烈に批判した社会主義者らの根こそぎ弾圧が狙いだった。

 刑死者の一人新村忠雄は信州出身の23歳の青年で、もともとはキリスト教徒だった。事件2年前には本県高崎から発行された初期社会主義啓蒙(けいもう)を目指した新聞「東北評論」の印刷名義人になったことも。それゆえ事件発覚から4カ月ほどたった9月下旬になって、本県の同紙関係者に一斉家宅捜索の余波がおしよせ、結果、2人が不敬罪で下獄した。1人は前橋出身で文芸に造詣深い21歳の新聞記者。罪状をみると友人あての私信中に天皇に対する不敬の文言があったという理由だ。これにて懲役4年。

 もう1人は旧碓氷郡出身の熱心なキリスト教徒で、某日午前中、未知の発送者から自宅に配達された社会批判の強い印刷物を、同日午後、偶然訪れた友人に、内容もあまり熟知しないまま渡したことが、不敬文書の頒布だとされた。およそ2年前の日常の些事(さじ)、頒布と言っても街頭にて不特定多数に多量にばらまいたというのではない。無理やり内容を承知しての行為と供述させられ、本罪最高の懲役5年に。

 当時の出版法は「皇室の尊厳を冒涜(ぼうとく)」するなどの不穏文書の発行者等に2月以上2年以下の軽禁固、20円以上200円以下の罰金を付加した。出版でなくたかが3部を友人へ渡した方が重罪に問われるという理不尽な法条によって、人生を狂わされたことになる。

 大逆事件は被告の大半が予審判事が描いたストーリーにより旧刑法73条で処断されたが、今日では被告出身地で行政的名誉回復が進んでいる。その一端を過般NHKテレビが和歌山県新宮市を例に紹介していた。主催者の言に「こうした事件をうみ許容したのは、当時の我々の先祖も荷担の一方を担いでいたからだ」という趣旨があって考えさせられた。「市民感覚」というのも世論に左右される。無知のそれもあるのだ。

 前記2名の知識青年は100年前の11月1日再拘引され22日、判決に服した。







(上毛新聞 2010年11月1日掲載)