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◎感動を後世に引き継ぐ 数年前、レブンアツモリソウを訪ねて北海道の礼文島を旅したことがあります。今でこそ絶滅寸前でごく限られた場所にしか生えていませんが、タクシーの運転手によると、昔は全島どこにでも生えており、膨らんだ蕾(つぼみ)をポンポン押しつぶして、よく遊んだとのことです。「世界で礼文島にしか生えていない」という運命と無関係な愛嬌(あいきょう)のある、なんともユーモラスな淡いクリーム色の花は、今思い出しても心を和ましてくれます。 国有林「赤谷の森」において、地域、自然保護団体、国が協働で「生物多様性の復元」に取り組む赤谷プロジェクトでは、健全な森林生態系の指標生物として、生態系ピラミッドの頂点に立つ大型猛禽(もうきん)類の生態を調査しています。関係者が酷暑酷寒の森の中で、精力的に調査を継続できる動機は、単に指標生物の学術調査という理由だけではなく、大空を舞うイヌワシの勇壮な飛翔(ひしょう)を見るときに沸き起こる、言葉にできない感動が人の心を魅了するからではないでしょうか。 今年は国際生物多様性年で、名古屋でCOP10(生物多様性条約第10回締結国会議)が開催されており、「生物多様性がなぜ重要か」について、新聞紙上などでも目にすることが多くなっています。この中では、人間生活に有用な遺伝資源の確保、気候変動緩和機能などの「生態系サービスの享受」の観点から重要との説明がよくされています。国連環境計画(UNEP)では、自然から得られる恵みの価値は年間5兆ドルという分析もしています。 しかし、いろんな生物種が減って問題というのは分かるが、なんとなく難しい、分かりにくいといった感想を持つ人が多いのではと思います。 この問いかけに、切り口を変えた私見を申し上げると、優れた小説や絵画が図書館や美術館で大切に保存されるのと同様、さまざまな動植物が瞬間に見せる姿、行動、生態、それを はぐく育む美しい景観から、人の心に感動や癒やしを与え、インスピレーションを生み出してくれるものは、後世に伝えていく必要があるのではと感じています。 サン・テグジュペリの星の王子様は、「一番大切なことは、目に見えない」と言いました。どうしてもわれわれは、経済効果が何億円、GDPに何%寄与するとか、定量的に目に見えるものを優先的に評価しがちですが、今関心が高まっている「生物多様性の保全」というキーワードを通じて、目に見えない、言葉にできないあいまいな価値を評価し大切にできる、余裕ある心豊かな社会とはどのような姿か、少し立ち止まって考えてみるよい機会ではないでしょうか。 (上毛新聞 2010年10月24日掲載) |