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創作きもの「にしお」社長  西尾 仁志(前橋市日吉町)



【略歴】1971年、愛知県立芸術大美術学部卒。呉服小売業の「にしお」に入り、87年から現職。国内の蚕糸絹業の持続的な発展を図る「絹の会」の会長。



蚕糸業の灯を消すな



◎県は踏み込んだ施策を



 蚕糸業の衰退がとまらない。この春、養蚕を手掛けた県内の農家は288戸、昨年の338戸に比べて15%の減少であった。数々の対策が施される中での、加速度的な後退だ。全国レベルでも減少を続け、この20年で50分の1、たった915戸が養蚕を行っているにすぎない。さらに、養蚕従事者の年齢構成を見ると、70歳以上が60%を占めるということで、今後も戸数減は避けられない状況だ。

 この著しい後退は、海外からの安い生糸や絹製品の輸入により繭糸価格が低迷、繭価が生産費を下回る状況が続き、農家がやめていったことが最大の原因だ。

 近年、養蚕や製糸業は、国の援助なくしては成り立たなくなってしまった。13年前からは、取引指導繭価といって、国庫から繭代を補填(ほてん)し、農家が安定して繭代を得る仕組みが設けられてきた。その繭代補填が本年度をもってなくなる。国は蚕糸業に対して、過去に行ってきたような保護的な助成を打ち切るのだ。

 2008年からは、養蚕農家・製糸・絹加工業・流通業などを構成員とするグループをつくり、消費者に評価される純国産絹製品の製造販売により収益を上げ、それを適正に配分するといった対策を打ち出した。そのグループ形成のために3年間補助金を交付するというものだ。

 3年間交付を受けたグループは、4年目からは、高い繭を買わなければならない。これは従来の補助事業とは大きく変わる内容のものである。おそらくこれが、国からの最後の対策事業となるであろう。この最終的な事業が機能し、その狙い通り、蚕糸業が活性化することが望ましい。

 しかし私にはこれが、蚕糸業の存続のために、必ずしも現実的な施策ではないように思われる。申請の最終年であるのに、いまだ養蚕農家の3割しかグループ所属が決まっていない点も問題だ。

 過去に国は、明確な方向性を示せないまま、蚕糸業に対して、さまざまな保護的施策を打ち出してきた。しかし、それによって農家も製糸も翻弄(ほんろう)され、自主性を見失い、蚕糸業は硬直化してきたように思う。それが、今日の衰退を招いた一因でもあると考えられる。

 先ごろ群馬県では独自に「蚕糸業活性化方針」を策定したが、最後の養蚕県群馬として、さらに踏み込んだ対策を考えても良いのではないか。そう思えるほど事態は切迫している。

 群馬に結集された世界最高の蚕糸技術、積み重ねられた歴史の重み、先人たちの英知は、私たちにとって、かけがえのない財産であり、文化だ。それを、みすみす無駄にしてはならない。群馬に国産の絹を残し、継承していくことは、私たち県民の責務ではないだろうか。時代の荒波の中に、辛うじて残った蚕糸業の灯を、消してはならない。






(上毛新聞 2010年10月13日掲載)