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◎渡仏体験を還元したい ボンジュール サバ? ウィ、サバ。メルシィ。 数年前までの朝の挨拶(あいさつ)。それはフランスで日本人を対象とした学校で教員をしていた時のことである。もともと修道院だった建物に手を加えた校舎には歴史を感じられるところが随所にあり、天井にフレスコ画が描かれていた講堂は歴史だけではなく神聖さをも感じられるところであった。 日本に戻り、「フランスにいた」と言うと、多くの方から「パリですか」と尋ねられるが、私のいたところはドイツとスイスの国境に接しているアルザス地方だ。大戦中はドイツ領になったり、フランス領になったりと苦労してきた土地であるが、今は白ワイン用の良質の葡萄(ぶどう)がとれる豊かな土地として有名である。 職員室からは葡萄畑がよく見えた。冬は葉の落ちた木と土の色で茶色く、春は木々から芽吹いて畑が明るくなる。夏に向かうにつれてその緑は日増しに濃くなり、太陽の光をいっぱいに浴びている。実が熟す秋になると、葉は金色になり、葡萄の出来栄えを教えてくれているようだった。 私は秋が特に好きだった。小高い丘に登って見渡すと、辺り一面金色の絨毯(じゅうたん)を敷き詰めたようだった。遥(はる)か彼方(かなた)、地平線までその色は続いていた。秋が好きな理由はそれだけではない。「ヴァン・ヌーボー」の季節でもあるのだ。 ワインは摘み取った葡萄の果汁を発酵させると出来上がる。この発酵途中のものが「ヴァン・ヌーボー」で、葡萄の甘さとアルコール分を含んだ微炭酸の飲み物だ。初めてそれを口にしたのは、葡萄摘みを体験させてくれたご主人に「あなたのとった葡萄でワインができた。飲みに来い」と蔵へ誘われた時だった。 初めて出合ったその甘い飲み物をジュースと思い、飲み終わった後にはフラフラになっていたことは恥ずかしい思い出の一つであるが、それ以上に愉快で懐かしい思い出である。 これからの季節、葡萄農家の蔵にはポリタンクのような容器を持った多くの人が詰めかける。この「ヴァン・ヌーボー」を買い付ける風景は、アルザス地方に収穫の喜びとともに秋の深まりを感じさせていた。 私にとって群馬・前橋に続く、第二の故郷、フランス・アルザス。ここで得たものは計り知れない。その経験や体験を多くの人たちに還元できたらと願う今日このごろ、群馬日仏協会の事務局長を仰せつかり活動してはいるが、果たしてどれほどの還元ができているのだろうか。 日本では気づかなかったゆったりとした時の流れ、自然と調和した特色のある農業や産業。アルザスでの見聞を群馬で生かすことができるにちがいない。豊かになるために必要なのは何か。知恵と工夫、そして何よりも向上心であると思っている。 (上毛新聞 2010年10月8日掲載) |