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高崎経済大大学院地域政策研究科長  大河原 真美(高崎市栄町)



【略歴】上智大外国語学部卒。豪シドニー大法言語学博士。高崎経済大地域政策学部長を経て、2010年4月から現職。裁判で使われる言葉を研究。家事調停委員。


若者言葉と法廷言葉



◎エッセンス楽しもう




 思い切ってメールで告るも、レスは無し。めげずにメールをし続け、やっと来た返事が「恋愛にもKYってあるんだね。」だった。

 これは、名古屋市内を走る地下鉄の駅ホームで見た広告である。何の広告だったかは忘れてしまったが、この軽妙な言葉の使い方に思わず目がとまってしまった。

 誰もが経験する片思い?の末であるが、「告る」「レス」「KY」などから、若者のつぶやきが生き生きと伝わってくる。どんな語彙(ごい)をどの様に使うかで、時代や年齢や性別が特定できる。まさに、指紋や声紋のような“言葉紋”と言うべきものである。

 では、次の会話の場面について考えてみよう。

 A‥Xさんは、都合によりできなくなったので、Yさんを代わりにあてたいのですが、Bさん、Cさん、いかがですか。

 B‥然(しか)るべく。

 C‥相当と思料します。

 「然るべく」「相当と思料します」から、江戸時代の会話のように見えるが、Aさんの発言が現代表現なので、いつの時代か分かりにくい。人間関係では、Aさんの立場が上で、BさんとCさんがそれより下であることは、想像できる。

 この会話の舞台は、実は、現代の法廷である。Aは裁判官で、Bは検察官、Cは弁護人である。当事者の検察官と弁護人に対して、事実認定者の裁判官は上の立場にいることは理解できる。

 「然るべく」は、「しか」+「ある」+「べく」で、積極的に肯定はしないが「おまかせします」程度の意味である。「相当と思料します」は、より積極的な賛成を意味し、「賛成です。そうするべきだと思います」ということになる。

 若者言葉では、新語が生まれ、入れ替わっていくのに対して、法廷の言葉は、時間が止まったかのように同じ言葉をずっと使い続けている。20代後半であっても、法律家であれば、法廷では「然るべく」を使うのである。

 裁判員になって法廷に入ると、分からない言葉に接することになるだろうが、それは、一種の若者言葉のようなものと考えて、むしろ、そのエッセンスを楽しんでみてはどうだろうか。

 例えば、冒頭の若者の片思いを、主語を被告人にして、判決文風に書き換えてみると、さしずめこのようなものであろうか。

 被告人は、激情に駆られて、電子メールで被害者に面接・交際を強要し、被害者からの返答がないにもかかわらず、執拗(しつよう)に電子メールの送信を繰り返し、被害者からの電子メールの返信に「恋愛にも状況の限定判断能力があるんだ」旨の記載を見て……。






(上毛新聞 2010年8月19日掲載)