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画家  みうら ゆき(前橋市竜蔵寺町)



【略歴】大分県出身。高校、大学とも油絵を専攻。1984年から山野草淡彩画というオリジナルな世界を確立。現在は個展活動のほか、花の絵教室を主宰。ことしで26年目になる。


絵を描く



◎自分と向かい合う時間




 「リラックスしましょう。深く呼吸をしてください。安心してください。自分以外の人にどのように見られるだろうか―などと考える必要はありません」

 「創造の過程にこそ、あるがままの自分が現れてきます。集中しようとしないでください。大丈夫です。空気と溶け合うほど集中する時間はやってきます。1分間でもそれはあなたの思考と言動を統一させ、癒やしてくれるでしょう」

 私の話をうつむきがちに聞いていた彼女は、おもむろに絵の具を手にすると、手を動かし始めた。60代のこの女性は、私のもとで絵を描き始めて10年になるが、最近は欠席が続いていた。

 突然の連絡は、思わしくない病状と、それに伴う精神の不安定についてであった。絵を描こうとしてもうまくいかず、塞(ふさ)ぎ込んでしまったそうだ。

 私にできることといえば、本人の心よりの叫び、今の直感に近い感覚を、真っさらな紙に導くことだった。色の持つ力と創造するという過程が、内観し、癒やすための助けになるということは言うまでもないが、その時々において無意識に惹(ひ)かれる色は、本人の精神状態を整える働きをしている場合も少なくない。

 彼女は幾分速い動作で次々と色を選ぶが、最後には重い灰色に塗りつぶしてしまう。何枚かそれを繰り返した後に、選ぶ色に変化が見え始め、動作も表情も初めのそれとは異なってきた。

 「何だかよく分からないけど、気持ちがよくなってきました」。彼女はそう言って少しほほ笑んだ。色と制作の過程によって癒やされると、このように選ぶ色が変化し、欠けていた気持ちが補われてくる。そして自然に手は止まる。

 病は心に起因しているものも多いらしい。彼女は求める色を塗るだけで、自らの気持ちを落ち着かせることができた。闘病生活は今も続いているが、「辛(つら)い時に絵があって乗り越えられました。どうにもならない気持ちの時にいかに描くことで救われたか」と、いまだに何度も声を詰まらせながら話してくれる。

 彼女は同じような立場の方に絵を描くことを勧めている。自分の体験を語り、固定観念から抜け出た創造を皆で楽しんでいる。絵を描くことは瞑想(めいそう)と似ていて自分に集中することができる。人間の知恵で推し量ることのできないほど深遠なものに気がつくと思われるし、また持って生まれた個性と素晴らしさを再確認することになるだろう。

 自分と向かい合う時間は、その人を癒やす大きな力となる。パステルクレヨンと画用紙はサプリメントになるだろうと思う。







(上毛新聞 2010年8月13日掲載)