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外務省生物多様性条約COP10日本準備事務局  橋本 幸彦(前橋市上小出町) 



【略歴】大阪大基礎工学部卒。東京大大学院農学生命科学研究科修了。農学博士。元自然環境研究センター職員。5年間、尾瀬でツキノワグマ対策に取り組んだ後、現職。



クマ対策と生物多様性



◎地道な努力の継続を



 「尾瀬に何回も来ているけど、同じ日は1日もなかった」。尾瀬で30年以上働き、現在もガイドをしていらっしゃる片品山岳ガイド協会会長の松浦和男さんが以前そうおっしゃっていました。

 それは尾瀬でクマ対策のために働き始めて2年と少しのころでした。地名や花の名前なども覚え、ようやく少しは尾瀬のことがわかってきたかなと自負し始めていた自分の未熟さを痛感させられました。自然は生命を年から年へ延々と引き継いでいます。これに接する仕事をするならば、、同じことを地道に何年も続けることが大切だと感じました。

 このことはツキノワグマの保護管理にも当てはまります。この春、環境省の委託事業でツキノワグマ対策のためのマニュアルが完成しました。このマニュアルでは、クマ対策のために経験を積んだツキノワグマ対策員を任命し、その人たちを中心にクマ対策を実施することとしています。そして新たに得られた経験をふまえ、3年程度に1度、マニュアル自体を見直します。

 しかし、仮にこのマニュアル通りにクマ対策を実施しても、人身事故が起きる確率はゼロにはなりません。自動車事故がなくならないのと同じです。人間が1人1人違うようにクマも1頭1頭違います。また同じクマでも、交尾期には気が荒くなりますし、子グマをつれたメスは危険になります。このため、事故を防ぐ上で重要なのはツキノワグマ対策員の経験です。記録には残せないような個々の経験が、事故につながる新しい状況に遭遇したときの判断をする上で重要になります。つまり経験は事故が起きるか起きないかの分岐になるのです。したがってすべての対策員が数年に1度変わることはあまり望ましくありませんし、安定してクマ対策を継続するには複数の対策員が必要です。尾瀬に安心して来てもらえるように、成果がみえないようなことでも何年も同じことを続けていくことが重要なのです。

 少し話は変わりますが、今年は国際生物多様性年です。生物多様性条約の締約国は国を挙げて国際生物多様性年の式典をすることが奨励され、各地でイベントが開催されています。これらのイベントはより多くの人に生物多様性の重要性をもっと深く理解してもらい、あらゆる関係者が協力的に取り組みを始めることを促進するために行われています。これらのイベントをきっかけに生物多様性が失われていく状況を緩和させ、増加に転じる日が来ることになればと思います。そしてそのための努力をわれわれ人間が何年も続けていくことが重要なのです。







(上毛新聞 2010年7月11日掲載)