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◎隣人相互に踏み込んで 昨今は、浅い人間関係が好まれるらしい。浅い人間関係とは、相手とのあいだに近からぬ距離を保っておき、あまり相手のなかに踏み込んでゆかないことのようである。したがって、学生同士でも徹夜での侃々諤々(かんかんがくがく)の議論などはしないという。もしもたいへんな議論をして、勝敗が明らかにでもなれば、せっかくの「友情」がなくなってしまう、というのである。それでは、若者たちは隣人との関係を浅い、表面的なものに限って、自分のなかに他者を容 いれない習性をもってしまったのだろうか。 しかし、そうでもなさそうである。覆面作家、坂木司の『青空の卵』『仔羊の巣』に『動物園の鳥』(創元推理文庫)という3部作が好評を得ている。最近、最新作も出た。ここには作家自身と同じ名前の坂木と鳥井が登場する。高校の同級生である彼らは、今切っても切れない関係を構築しようとしている。この2人の関係はたんなる同級生にはとどまらず、限度いっぱいに相互乗り入れをしてゆく関係なのである。じつは鳥井は自宅でSEをしている引きこもりである。鳥井はすでに学校も卒業しているのだが、あるトラウマがあって容易には世間に出て行けない。そこで坂木がほんとうの引きこもりにならないように、自らの休日である毎週月曜日に鳥井をアパートから引っぱり出していろいろなところへ連れ出すのである。 彼らの前には、昔腕自慢の職人であった老人やデパート勤めの魅力的な女性、ぐれかけた中学生などが現れてさまざまな新しい関係を作り出すのである。これらはすべて坂木と鳥井との浅からぬ人間関係から派生していったものである。ふたりの関係が無限に、とはいわないが、職場や学校のなかだけではけっして生まれないと思われる全く新しく豊かで複合的な人間関係を生みだしているのである。ここでは若者と若者、若者と老人、若者と中学生、そして中学生と老人…という新しい人間関係が生まれている。これは「社会」そのものといえるのではないだろうか。 たとえば、各種選挙の投票率が久しく低迷していることは人々が生きているこの社会を自分自身のものとしていないゆえの典型的な現象であろう。人々が真の自分自身の社会に生きていないのである。しかし、同時に人々は自らが真に他の人々といっしょに生きることを望んでいる。こうした小説がよく読まれていることはそれを如実に証明している。多少隣人と摩擦をおこすことがあっても、隣人相互に踏み込んでみてはどうだろうか。もしかすると全く新しい人と人とのありかたが見えてくるかもしれませんよ。 (上毛新聞 2010年6月19日掲載) |