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外務省生物多様性条約COP10日本準備事務局      
                            橋本 幸彦
(東京都東久留米市) 



【略歴】大阪大基礎工学部卒。東京大大学院農学生命科学研究科修了。農学博士。元自然環境研究センター職員。5年間、尾瀬でツキノワグマ対策に取り組んだ後、現職。


クマと生物多様性



◎生息に欠かせないもの





 木の上でブナの新芽を食べるクマ、湿原でミズバショウを食べるクマ、木に登って居眠りしているクマ、そして人間にびっくりして逃げていくクマ。尾瀬ではいろいろなツキノワグマを見ました。ブナ、ミズバショウ、シラカンバ、そしてわれわれ人間。尾瀬のクマはほかのさまざまな生きものとかかわりながら生きています。クマだけでなくどんな生きものもほかの多様な生きものとかかわりながら生きています。

 生態系・生物群系または地球全体に多様な生物が存在していることを生物多様性といいます。現在、年間約4万種の生物が絶滅しているといわれ、生物多様性が危機にさらされています。

 生物多様性は生態系、種、遺伝子の多様性の三つのレベルでとらえられています。ツキノワグマは主にブナ帯を中心とした落葉広葉樹林という生態系に棲(す)んでいます。ところが尾瀬のような湿原でミズバショウやコバギボウシ、ヒメザゼンソウなどを食べることもあります。また海外の亜熱帯地域には冬眠しないツキノワグマもいます。北海道にいるヒグマと同じ種が、驚くべきことにゴビ砂漠にも生息しているのです。クマは多様な生態系で柔軟に生きていけるよう進化してきたのですが、そういった生息地も開発などにより狭められてきているのです。

 ツキノワグマは春には木の葉や新芽、夏にはミヤマザクラなどの実や昆虫類、そして秋にはブナやミズナラの堅果類と季節によって食べ物が変わります。このように多様な種の食べものがないとクマは生きていけないのです。

 三つ目は遺伝子の多様性です。近い血縁同士で交配を繰り返すと子孫が残りにくくなります。これは遺伝的な多様性が減少したことが原因です。このようなことがないよう、ある程度の個体数があり、他地域との遺伝的交流があることが重要です。しかし四国の個体群は孤立している上、約20頭しかクマがいないと推定されています。地元では個体群の絶滅を回避しようと努力が続けられています。

 クマにとって生物多様性がいかに重要か説明しましたが、人間にとっても重要な意味を持っています。例えばクマが棲める森があることで、酸素の供給や気温・湿度の調節が行われます。また、山地災害の軽減などにより、人間の生活を守ってくれます。生物多様性はわれわれが生活する上でも欠かせないものなのです。

 国連は今年を「国際生物多様性年」に指定しました。10月には日本を議長国として愛知県名古屋市で生物多様性条約締約国会議(COP10)が開かれます。生物多様性の損失を防ぐために簡単にできることがあります。例えば地元の食材を選んだり、マイ箸(はし)を持つことなど。今年は生物多様性について考えるいい機会ではないでしょうか。








(上毛新聞 2010年5月19日掲載)