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東京福祉大学大学院教授  手島 茂樹(前橋市下佐鳥町) 



【略歴】日本大大学院文学研究科心理学専攻博士課程。育英短大教授を経て現職。専門は臨床心理学。大学院にて臨床心理士を養成。日本パーソナリティー学会理事。



心の健康は居場所から



◎若者たちに声かけして





 大学で教鞭を取り、毎年卒業生を送り出していると、今ごろ、気になってくることがある。この春に大学を卒業し、社会に羽ばたいていった彼らのことである。うまく職場になじめたか、厳しい中でも楽しくやっているか、である。

 かつて卒業生が電話にて「泣きに行っていいですか」と言ってきた。「いいよ」と私。すると本当にタオルを持ってあらわれたのである。そして、泣く、泣く、本当に泣く。どれだけ我慢してきたのかと思うほどであった。ひとしきり泣くと今度は言いたいことを言い始める。聞けば社会人としては当たり前の話ばかり。「そういうものだよ」としか言いようがなかった。

 卒業し就職してからの10年間の課題とは、アイデンティティーという言葉で知られるエリクソンによれば、親密性の獲得にあるという。青年期に、取りあえずとしても、こう生きたいと決めたなら、その人々の中に居場所を見つけ、そこに没入しながらも自分を失わず、心の安定を得る術を学べというわけである。

 しかし、今の若者は、これがなかなか難しい。それどころか自分を出すことさえ困難なのが実態である。団塊の人々は、それが実感としてはわかりづらいと思う。

 団塊世代の青春時代、夏木陽介主演の「青春とは何だ」というテレビドラマがあった。野々村健介と言うアメリカ帰りの英語の教師が、ラグビーを通じて若者を鍛え、青春とは何か、どう生きるべきか、問うていく物語だった。原作は東京都知事の石原慎太郎である。この時代の問題児は、自分の出し方のわからなさにあった。そこで問いながら導くこともできたのである。

 では、現在はどうか。これに代わるものは「ごくせん」であろうと思う。久美子という教師が活躍する物語である。昨年の夏、映画版で完結している。久美子のクラスの生徒たちが、理不尽なけんかを売られ、やられる。そこへ教師、ヤン久美が走って現れる。「おまえは誰だ」と、彼ら。そこに決めぜりふ。「私はこの子たちの担任の先生だよ」、「先公だってよ」と笑う。「私はこの子たちのためなら容赦しないよ。覚悟しな」である。そして、派手な立ち回りへと続く。

 このドラマの生徒たちの特徴は、居場所のない孤独さを持つ若者たちである。そこで、この生徒たちを大きな幼児を持つ母親のように守りながら、居場所としてのクラス作りに奮闘していく、ここに現代的な意味があると思う。

 社会常識が足りないのが新入社員である。しかし、悪気はない。だからそれでもかわいがり、居場所を与えていただけたらと思う。メンタルヘルスに重要なもの、それは心理的な居場所だからである。









(上毛新聞 2010年5月17日掲載)