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前・関東森林管理局赤谷森林環境保全ふれあいセンター所長
                               田中 直哉
(千葉県船橋市) 



【略歴】大阪府出身。東京農工大農学部環境保護学科卒。農水省林野庁に入り、大臣官房企画室などを経て、08年4月から10年3月まで赤谷森林環境保全センター所長。


農山村での協働促進



◎地域力を育てる機会に




 以前、従来のインフラ整備型以外の農村活性化の手法について模索したことがあります。この時、ソーシャル・キャピタルという概念に着目しました。ソーシャル・キャピタルとは、OECD(経済協力開発機構)の定義に従えば、「集団内部あるいは集団間での協働を促進する、共通の規範、価値観、理解を伴うネットワーク」という意味です。そのほかにも、この分野で大きな成果を残したアメリカの政治学者、ロバート・パットナム・ハーバード大学教授などによるさまざまな定義がありますが、ここでは大ざっぱですが、地域のつながり、豊かな人間関係そのものと考え、これを再評価し、地域の活性化に反映させてみてはと考えています。

 昔ながらの農山村の濃密な人間関係や古い慣習は、ともすれば煩わしく、若者が気楽な都会に出て行ってしまう要因にもなっていました。一方で、さまざまな伝統行事や稲作に伴う水路管理などの活動を通じて、人間関係が強固となり、地域にまとまりが生まれ、子育てや高齢者のケアが地域全体でできたり、犯罪が起きにくいなどの長所もあります。職場や仲間内でも、ある目標に向かって行動するとき、ソーシャル・キャピタルが高い、すなわち、お互い顔見知りで信頼関係があると、「あれ、お願い」、「ああ、分かった」で済み、合意形成への時間と労力が大幅に削減できます。

 ソーシャル・キャピタルを醸成するには、コミュニケーションの場を設けること、特に共通の目標に向かって協働し、合意形成を図ることを通じて、信頼関係を構築していくことが重要と考えます。「赤谷プロジェクト」でも、地域協議会、自然保護団体、国が協働で「生物多様性の復元」、「持続的な地域づくり」を目標に活動しています。この中で、地域協議会が地域の人たちに身の回りの水源の森や環境に関心を高めてもらう「ムタコの日」などのイベントを開催しています。このような取り組みを通じて、地域内外の幅広い関係者のネットワークを構築することができ、豊かな自然環境を活用した地域振興への共通認識が一歩一歩深まってきています。

 現在、地域活性化のためのイベントや都市と農山村との交流の取り組みは各所で行われています。これは、関係者の協働を活発にし、ソーシャル・キャピタルを高め、「地域力」を育てるとても良い機会です。今後、これまで見過ごされがちだった、地域のつながりや豊かな人間関係が地域活性化に果たす役割に、各方面で関心が高まっていくことを期待します。






(上毛新聞 2010年5月15日掲載)