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◎染色で美しさ引き出す 紫色は、冠位十二階で位の高いものにしか許されなかったもっとも高貴な色。万葉人のあこがれの色である。そして紫にたとえられるのは、女性にとって最高の褒め言葉だった。 紫は 灰さすものそ 海石榴市(つばきち)の 八十(やそ)の衢(ちまた)に 逢へる子や誰 『万葉集』巻一二の歌。この歌の作者は女性を紫にたとえ、「紫色を染めるには椿(つばき)の灰を入れるもの。私が灰の役割をすれば、あなたは美しく輝くでしょう。いくつもの道が集まる市の辻で出会ったあなたは、どなたなのでしょう」と詠んだのだ。 洋の東西を問わず、紫色を布に写し取るのは大変難しかったといわれる。ほかの色に比べ、採色する素材が少ない上に時間とともに変色しやすい。古代ヨーロッパでは巻き貝の分泌物から紫色を得ていたが、日本では草木染。主に紫草の根を使うことが多く、藍(あい)と紅花を重ねた二(ふた)藍で紫にすることもあった。植物の草根樹皮を素材とした染色技術は、5~6世紀に中国あるいは朝鮮半島から日本に渡来した技術者によって始まったといわれている。紫草の花は、紫ではなく白色。染料として使うのは根の方である。まず根を石臼で細かく砕き、湯を注いで揉みながら色素を取り出す。そこで登場するのが「灰」。木を燃やした灰を水に浸した灰汁(あく)で染料を布に固着させる。発色が難しい紫は、灰によってその美しさがさらに引き出される。 上信越自動車道建設に伴う発掘調査で、6~11世紀まで続いた大集落の矢田遺跡(現在、吉井インターチェンジ)から紫に染色された布が発見された。火災に遭い、蒸し焼き状態だったが、繊維の目はよくそろっている。この布は折りたたまれた平織りの絹布で、化学分析の結果、紫色であることがわかった。赤と青を2回重ねて染色したか、あるいはこの2色の糸を混ぜて織ったと考えられる。出土した場所は古代の一大窯跡群に隣接していて、灰はたっぷりある。この遺跡からは、糸を紡ぐ紡錘車のおもりが全国的にもダントツに多く出土する。古代の布生産にかかわった重要な地域であったのだ。絹糸は、セリシンというタンパク質で覆われているために、これを取り除かないと光沢もなく柔軟性に乏しい。古代は灰汁で繭を煮て糸をほぐしたのだろう。そして染色にも使用された。 万葉の時代、色に対する人々の関心が非常に高かった。特に絹は、植物繊維よりもさまざまな色に染められるという特色があるため人びとはあこがれた。シルクロードは華やかに彩られ、奈良の都を通り越して群馬にも通じていたのである。ともすればセピア色で想像される日本の古代史は、灰のおかげでカラフルな色に染め上げられた美しい記憶なのである。 (上毛新聞 2010年4月13日掲載) |