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◎良き出会いと経験を 小学校1年生の時の担任の先生は、太田照野(てるの)という定年間近の女の先生でした。クラスには、「先生の合図で、いつでも先生のまわりに集まる」という決まりがありました。私たちは、その合図(右手を左肩に)を見逃さないようにして、合図と同時に先生のまわりに駆け寄ったものです。一番元気のある男の子がいつも速くて、先生のひざに飛び乗っていました。 皆が集まると、いろいろな話をしてくれます。私の印象に強く残っているのは、「ご飯を作る時には、どんどん片付けながら作っています」というものです。それを聞いて「先生は、一生懸命だなあ。すごいなあ」と思いました。具体的な実感は無くても、職業婦人としての先生の生き方を幼いなりに感じ取ったのでしょう。大学時代にお目にかかったのが最後になりましたが、「良いお母さんになって下さいね」と言われました。この言葉は、楔(くさび)のように私の心に残っています。 世界に通用する若い演奏家を育てることを目的に「若い芽を育てる会」が岡山県で創設されたのは、30年前のことです。コンサートの出演者をオーディションで選ぶ方法をとっていて、ヨーロッパでも尊敬されている日本人の演奏家が一人一人に丁寧に講評します。そして、全体のプログラミング等も考慮の上、出演者が決まります。 コンサートは、ソロや「オーケストラとの協奏曲のコンサート」があります。オーケストラリハーサルでは、最初はたくさんの楽器の響きの中での演奏に戸惑っていた若い人たちも、2回目になると見違えるばかり。音楽の表現がひとまわり大きくなっています。本番ではモーツァルトやバッハなど大作曲家の曲を、堂々と、もの怖じせずに演奏します。 オーケストラのプロの演奏家たちが言います。「短期間に、どうしてこんなに成長するのだろう」と。若い人たちの感受性と順応性は驚くばかりです。本人たちは、そんなにすごいことが起きていることには気づかず、「なんだか楽しかったし、いい演奏ができたなあ」と感じるくらいでしょう。 しかし、私たちは思います。「あの素晴らしい講評と、本物の響きの中で演奏したことは一生残る。忘れない」と。コンサートでは、多くの人たちの協力で演奏でき、ステージマナーも学ぶことができます。30年の歩みの中で、海外でも活躍したり、音楽大学で教える立場に立つ演奏家も育ってきました。 良き出会いと本物に触れる経験が、人間を育ててくれます。未来をつくる子供たちのために、そうした機会をつくることこそ、大人の責任なのではないでしょうか。 (上毛新聞 2010年2月21日掲載) |