視点 オピニオン21
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画家  みうら ゆき(前橋市竜蔵寺町)  



【略歴】大分県出身。高校、大学とも油絵を専攻。1984年から山野草淡彩画というオリジナルな世界を確立。現在は個展活動のほか、花の絵教室を主宰。ことしで26年目になる。


五感をひらく



◎心に栄養を与えたい



 凍(い)て付く季節の中で、土にしがみついて耐えている草に気を留めたことがあるだろうか。もう少しすると、それらは一斉に土から葉を持ち上げる。わずかな日差しの変化に喜々として目覚め、生命を燃やし始める草たちから幸せな力を受け取ることができる。

 人の温(ぬく)もりもまた、自然が授けてくれる幸せな力と似ている。自然から離れ、合理的な生活を送るようになった今でも、心は見えないところでその仕事をしているものだ。

 私事で恐縮だが、最近、心の力に助けられたことがあった。出張先でひどく体調を崩した私は、一晩救急病院のお世話になった。症状が残るまま翌日の仕事に臨んだが、とうとう動くことができなくなってしまった。

 うずくまる私の背や肩に、温かい手のひらの感触があった。「大丈夫よ、先生。大丈夫」。花の絵教室の皆さんの祈るような声が何度も聞こえた。一生懸命な気持ちがうれしかった。

 15人全員の温かい想(おも)いに私は心から感謝し、いとおしく思った。そこには声として聞くことのできない言葉が交わされ、互いを結びつける絆(きずな)が存在したのだろうか。

 ややあって、私は身体の変化に気がついた。それはあたかも細胞の一つ一つに生気が吹き込まれてゆくようだった。信じられなかった。彼女たちの温かい想いが目には見えない力となって、私を回復させたようだ。

 科学で証明できない神秘などない―とされた物質社会の発展においては、このようなことは後方へ追いやられてきたものの一つだろう。

 文明はそつのないシステムをつくり上げた。病院でさえ、ドアを入ると、人は番号になる。しかし、何事も力より愛情で対処した方が人は動くのではないだろうか。

 思いやりがなければ、個人的な利潤だけを行動の動機としがちだ。それは人生の意義を経済的な視点からしか見られない価値観へと導く。真に個人の求める生き方から外れてしまい、ストレスを生みやすくなるだろう。

 残念ながら心に栄養を与える機会の乏しい現代では、感性は育ちにくい。心も歪(ゆが)みがちだ。心が機能しなくなったために、人はバランスを崩し、愛や癒やしを切望することとなったのではないか。

 人が学ぶのは書物ばかりではない。木や土や風からも学ぶことは多い。感受性はいろんな感覚の基礎だ。心はそこから栄養を吸収する。人であるが故に持つ心の力を置き去りにしてほしくない。

 今年はテレビからではなく、五感をひらき、ご自分の感覚で春を探してみるのはいかがだろうか。







(上毛新聞 2010年2月18日掲載)