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多胡碑記念館学芸員  大工原 美智子(高崎市吉井町)  



【略歴】県立女子大卒。県立歴史博物館解説員、県立自然史博物館解説ボランティアを経て、1999年から国指定特別史跡「多胡碑」をテーマとする多胡碑記念館学芸員。


なぜ学校で書道なのか



◎国民の国語力を充実



 奈良時代、山上憶良が詠んだ歌の中に国を称賛する表現がある。大和の国は「皇神(すめかみ)の厳(いつく)しき国、言霊(ことだま)の幸(さき)はふ国」と。古代の日本人は「国は神によって守られており、言葉に宿っている不思議な力の働きによって幸せがもたらされる」と考えていた。

 その言葉が滅びたとき、その国の文化が滅びるといわれるように、国の文化や歴史は国語によって支えられている。戦争で国を占領するには、その国の言葉を奪えという。第2次世界大戦後、日本語にも消滅の危機があったことは意外と知られていない。

 敗戦とともに、アメリカ言語学の文字軽視の考えが、GHQ(連合国最高司令官総司令部)による日本の教育改革に反映された。それが一部の日本人有識者の間にも、文字は簡単で覚えやすく国際性のあるものが望ましいという気運が高まった。最初にその影響を受けたのが書道教育だった。1947(昭和22)年、小学校教育の主要科目であった書道が全面廃止された。GHQから示された国語改革の指針には、漢字の全面廃止、かなを経て、階段的にローマ字化することが望ましいとあった。日本の文字を奪われることは日本語を奪われるのと同じことである。その後、日本語の文字表記は、教育問題として国語審議会や教育審議会などでしばしば取り上げられたが、いったん廃止した書道を復活させることは容易ではなかった。ところが4年後の51(昭和26)年、書道界や書道教育者のさまざまな働きかけによって奇跡的に学校教育に書道が復活したのである。

 「日常生活でほとんど毛筆を使っていないのに、なぜ学校で学習する必要があるのか」。以前、多胡碑記念館が吉井町(現在高崎市)の小中高校の児童生徒約1800人を対象に書道に関する意識調査を行ったことがある。その結果、「精神力・集中力をつけるため」47%、「字がうまくなるため」28%、「昔の暮らしを体験するため」19%であった。小中学校の書道教育は、毛筆によって「とめ」「はね」「はらい」など自国の文字を正しく整えて書く子どもを育てることを目的としている。毛筆で文字を書くことは、単に書き方を学ぶだけではない。文字を正しく認識し、文字に対する意識を深め、言葉を生み出す心をはぐくむのである。よって、小学校からの書道教育は、国民の国語力を充実させるのにたいへん効果的である。

 21世紀において書道教育は逆行しているかのように思われる。しかしIT(情報技術)化が進んでも、手書きの文字は頻繁に使用するし、文字を書くのも人間である。消滅の危機を乗り越えた日本語が、これからも存分に活用され、言葉や文字の力によって、日本が「幸はふ」国であるようここから祈りたい。







(上毛新聞 2010年2月17日掲載)