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◎多くの協力で夢を実現 昨年の足尾歴史館の活動の目玉は、ガソリン機関車の復元でした。足尾銅山には資材や旅客らを運搬する足尾銅山馬車鉄道があって、1925(大正14)年から動力が馬からガソリン機関車に代わり、53年まで走っていました。路面電車のようなもので、定刻に着くので、「定時」と呼ばれていたそうです。 街中を走っていたその姿を今でも思い出します。私の家から5メートルの所にガソリン機関車の基地があり、父が運転責任者だったこともあって、そこでよく、かくれんぼや鬼ごっこをして遊んだのを覚えています。 2005年4月の足尾歴史館オープン式典の最後に、「今後の夢」として三つ挙げた中の一つが、ガソリン機関車の復元でした。その5日後、当日来賓として出席した自動車修理工場を経営する町田洋さんから「長井さん、本気で製作したいの?」と聞かれ、実現に向けて動き始めることになりました。 「長井さんが機械の知識があって先頭になってやり、私が手伝うと思ってスタートしたら、なんと、まったく知らないのには正直驚きびっくりした」と、今でもよく町田さんに言われます。もし機械のことを知っていたら、頼めなかったと思います。常識的に考えたら、復元はまず不可能と考えた方が正しかったからです。 07年6月からフォードのエンジンを探し始めました。並行して多くの仲間の協力を得て、スケート場跡地を使い「足尾ガソリン機動・歴史線」を敷く作業も進めました。砂、砂利埋め、枕木敷きを行い、一番大変な線路敷きに入りました。 08年4月、4人の方々の保有しているディーゼル機関車を借り、客車は川崎市の向ヶ丘遊園地で使用していたものを修復して使うことになりました。同年10月には、フォードのエンジンが見つかりました。80年前のもので、放置されたままだったのですべて分解し、一部の部品をアメリカから購入し、90%手作業で修理しました。 そして09年8月8、9日、足尾歴史館で「ガソリンカー祭り」を開催し、復元したガソリン機関車を走らせました。前夜は子どものころを思い出し、興奮して一睡もできませんでした。 当日は、来賓の方々、鉄道ファン、沿線の皆さんら1000人近くの人たちに来ていただきました。復元に向けて、毎週土、日曜日、無報酬で頑張ってくれた仲間の皆さんには感謝の気持ちでいっぱいです。たくさん人たちの協力、支援があったからこそでき上がったものです。 先月からは、当時の機関車と同様の客車造りを進めています。今年もさらに復元に努力し、思い出に残る年にしたいと思います。 (上毛新聞 2010年2月14日掲載) |