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NPO法人ノーサイド
 (高次脳機能障害と家族と支援者の会)理事長  立上 葉子
(高崎市井野町)  



【略歴】前橋市生まれ。相模女子大卒。長男が高次脳機能障害と診断されたことをきっかけに、2007年に同障害者と家族を支援するNPO法人「ノーサイド」を設立。


家族教室への参加



不安相談できる安心感




 高次脳機能障害とは、事故や病気により脳に損傷を受け、記憶障害、注意障害、遂行機能障害などの後遺症が残ることで、救急医療の進歩とともに増加していると言われています。

 群馬県では認知度が低く、支援体制も整っていないため、外見からは分かりづらいこともあり、適切な支援を受けられないまま過ごしている方々もいます。わが家を含めノーサイドの会員の中にも、数十年以上も高次脳機能障害であることを知らずに過ごしてきた方もいます。そのころは何かがおかしいと相談に行っても「性格の問題」「親の甘やかしでは」などと門前払いされるケースも少なくありませんでした。

 そんな中、2001年に精神科医の宮永和夫先生(現、新潟県南魚沼市立ゆきぐに大和病院院長)が中心となり、県こころの健康センターで「高次脳機能障害家族教室」が開かれることを知り、わらにもすがる気持ちで参加しました。そこでは、他の家族も同じような症状で悩んでいること、それが高次脳機能障害のためであることを知り、心の中の何かが軽くなるような思いがありました。

 当時の教室は、毎回自己紹介から始まりました(これは記憶障害のある方にはありがたいことです)。その後、簡単な脳トレゲームを行い、体も脳も柔らかくなったところで、家族は別室に移ります。当事者は、作業療法士の先生と作業活動を行い、家族は臨床心理士のスタッフとともに、さまざまなことについて話し合いました。とは言え、話し好きなおばさんが多かったため、話はあっちこっちに飛び、「事故の前とすっかり変わってしまった」など涙ながらに当事者の状態を話したり、「○○市の窓口は対応がなってない」など愚痴になったり、「裁判の前はこんな事に気をつけたほうが良い」、「うちは年金がもらえたから相談してみたら?」など。今思えば、高次脳機能障害の支援に必要な情報の宝庫でした。

 また、家族が抱えるさまざまな不安を宮永先生に相談できるという安心感もあり、帰るころには「もう少し頑張ってみよう」という気持ちがわいて来ていました。そのころは誰もが話を聞いてもらいたくてうずうずしていたことを覚えています。私たち家族が障害を受け入れ、接し方を変え、生活を立て直していく過程には無くてはならないものだったと思います。

 ただ、県のスタッフは2~3年で人事異動があります。新しく来る方が高次脳機能障害について詳しいとは限らないのです。年数がたつにつれ、スタッフより家族が多くの情報を持つようになると、私たちの求める物も変わり、次のステップとしての場所を求めるようになりました。







(上毛新聞 2010年1月20日掲載)