視点 オピニオン21
 ■raijinトップ ■上毛新聞ニュース 
.
バイオリニスト  小田原 由美(榛東村新井)  



【略歴】バイオリニスト。岡山県出身。国立音楽大卒業。元群馬交響楽団団員。室内オーケストラ「カメラータ ジオン」代表。「若い芽を育てる会」理事。



子供たちのために



感動の体験を伝えよう




 29歳の若さで亡くなった詩人、八木重吉に、幼い長女への思いをうたった「桃子よ」という作品があります。

 もも子よ/おまえがぐずってしかたないとき/わたしはおまえにげんこつをくれる/だが 桃子/お父さんの命が要るときがあったら/いつでもおまえにあげる

 このような愛を受ける子供が、それを感じずに成長するはずがありません。昨今の厳しい社会情勢の中、最も必要とされているのは、心の栄養、滋養ではないでしょうか。

 バッハ、ハイドン、モーツァルト、ベートーヴェン等々の曲は200年以上も前から人々を勇気づけ、癒やし、愛され続けてきた人類の宝です。演奏家は、作曲家とその曲の心髄に近づくべく渾身(こんしん)の修練をし、音楽会で現代の聴衆と共に音楽を創造します。音楽は、瞬時にはかなく消えてしまうとらえどころのない、最も抽象的な芸術と言われていますが、その反面、最も人間的な芸術でもあります。

 演奏は、1人ではできません(指揮者を想像してみてください)。1人で演奏しているピアニストでも、作曲家との対話、そして聴いてくださる方がいなければ演奏として成立しません。また、演奏家同士、相手が1人でもいれば、人間的葛藤(かっとう)、軋轢(あつれき)がある場合もあります。心の波長を合わせる努力無しに良いアンサンブルは生まれません。そして、お客さまとの無言のうちの心の交流で演奏はやっと完成してゆくのです。それが、生演奏の醍醐味(だいごみ)です。

 「群馬の聴衆は、本当に音楽を楽しみに来ている。(有名な)名前で聴くのでは無く、率直に自分という人間と真正面から向きあって聴いてくれているのが感じられる。厳しく温かく。大都会の聴衆とは、まるで違う。群馬と群馬の聴衆が好きだ」

 創立7年目を迎えた「カメラータ ジオン」とこれまでに共演していただいた名演奏家たちの共通した感想です。

 音楽は、演奏するのも聴くのも人間そのものを映し出します。

 テレビやゲーム等に子供を預けないで、「美しいね!」「素晴らしいね!」「うれしいね!」「皆も喜ぶね!」―と感動の体験、言葉を伝えよう。厳しさも伝えよう。苦しい時もあることを教えよう。注意するべきことは言いふくめよう。子供の素直な心は、受け止めます。われわれが、子供たちに心豊かに過ごす方法を伝えようではありませんか。

 幼い子たちが演奏を聴いてくれるとき、輝いた顔に出会い、「人間は、こんなに美しく素晴らしい顔をするのだなあ!」と感動します。そのような機会があることは、われわれにとって無上の喜びです。音楽が持つ、素晴らしい伝達力を強く実感するときです。







(上毛新聞 2009年12月26日掲載)