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自然環境研究センター上席研究員  青木 豊(前橋市南町)  



【略歴】桐生高、日本大農獣医学部農学科卒。同大大学院農学研究科農学専攻博士前期課程修了。藤岡北高や勢多農林高などの教諭を務め、2007年4月から現職。


止まらない里山の危機



◎耕作放棄地増やさずに



 拙書『農高生の里山応援隊~勢多農林高校グリーンライフ科の生徒たち~』を出版してから5年の月日が過ぎました。あの時、叫ばれていた里山の危機は止まることなく、急速にその危機を深めています。

 人がかかわりを持ち続けることで、さまざまな生物が暮らすことのできた里山の環境が失われることは、すなわちそこに暮らしていたさまざまな生物がその住み処(か)を失うことになります。それは、私たちにとっても良くないことなのです。

 過去の開発の結果、多くの自然を失ってしまった反省から、自然に手を加えることを極端に避けようとする考え方があります。しかしながら、里山は人の手が加わらなければ維持することのできない環境なのです。

 里山の危機を救う最良の方法は、農業を盛んにすることです。「1年の計は元旦にあり、10年の計は教育にあり、100年の計は植樹にあり、すなわち国家存亡の計は備えにあり」という言葉があります。危機を乗り切るには、短期的、中期的、長期的な対策を踏まえた戦略が必要となります。今、里山での一番の問題は、耕作放棄地をいかにして増やさないかにあると思います。「野生動物の逆襲の時代」とも言われるような、野生鳥獣による農林水産業への被害が耕作意欲を失わせて、急速な耕作放棄地を増やしてしまっています。

 おじいさんやおばあさんが丹精込めて作った野菜を、一夜にして略奪してしまう野生鳥獣の被害は、単に金銭的に保証すれば良いという問題ではありません。もう作るのをやめようという気持ちにさせない支えこそが短期的に必要な対策だと思います。

 これまで、その分野を支えてきたのは猟友会と呼ばれる狩猟者たちの集まりでした。しかしながら、急速に狩猟者は減少し、高齢化が進んでいます。食料事情に困ることのない現在では、狩猟を残酷だとか、獲物がかわいそうと考える人も多いことでしょう。実際のところ、狩猟を行わなくても食料に困る時代ではありません。しかし、食料自給率が約40%という先進国でも極端に低いわが国の状況を考えた時、農林水産業への野生動物による被害は、決して見逃せるものではなくなっています。被害防除を行っても防ぎきらない場合には、個体数を減らすことが必要となるのは明らかです。

 大きな農業被害を起こしているイノシシやシカには、以前は天敵動物がいてその数をある程度調整する仕組みがありました。しかし、今はその天敵動物であったニホンオオカミはいません。絶滅させたのは、人間でした。その時からニホンオオカミが生態系の中で果たしてきた役割を人間が引き継がなければならない義務を負ったということなのです。





(上毛新聞 2009年11月24日掲載)