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染色美術家  今井 ひさ子(前橋市総社町)  




【略歴】兵庫大短期大学部デザイン科卒、同大染色研究課程修了。県美術会理事、光風会評議員。上毛芸術奨励賞、県美術展山崎記念特別賞など受賞。県立女子大非常勤講師。



ブナの原生林



◎知恵集め自然を守ろう




 早朝の電話は、長野の知人からのものでした。

 「今週は天気が悪いらしいよ。昨日も雨だったんだが、幸い今日一日だけはいい天気になるらしいから山においでよ。来週ではなく、今日がいいよ」

 東京生まれの知人は、40年ほど前に全くの偶然から「ブナの森」を知りました。それ以来、ブナの森に通いつめ、その恵みを創作活動に生かしているのです。私はその日、知人が勧めるままにブナの原生林へ向かいました。

 山を登り始めると、清らかな流れの中で手のひらほどの大きいナメコを洗っている人に出会いました。ナナカマドは鮮やかな赤い実を付け、木々の根元を覆う緑のササが続きます。

 落葉樹林を歩き続けると、根元が地面から大きく浮き上がった巨木が突然現れ、気が付くと目の前にブナの森が広がっていました。灰白色の木の肌は滑らかで、枝は両手をあげ、空を掴(つか)もうとするかのようです。

 樹高30メートル以上、樹齢300年にもなる太い太いブナが何本も何本も、まるでお互いの領域を侵さぬようにゆったりとした空間と距離を保ちながら、青い空に向けて逞(たくま)しい枝を広げています。

 薄い葉は光を通して黄金色に輝き、木漏れ日は足元を照らし、広々とした開放感のある森の中は「光溢(あふ)れる世界」です。灰白色の巨木の存在感に生命の尊さを知り、優しい木漏れ日の中で、不思議な安らぎに満たされていきます。

 ブナの木は日本の温帯落葉樹林を代表する高木です。標高千メートルあたりに群生している大変身近な木でしたが、その多くは戦後、スギなどの針葉樹の人工林をつくるため、樹齢200年を超す木々が伐採され、原生林は急速に失われてしまったのです。

 森に降る雨は、ブナの滑らかな木肌の表面を伝い、とどまることなく根元へ吸い込まれていきます。蓄えられた水は、厚い腐葉土を通過する時に栄養分を含み、川に流れ、海に運ばれて日本の漁場をつくってきました。

 命溢れるブナの森が「緑のダム」といわれる所以(ゆえん)です。このブナの森を再びよみがえらせると、豊かな漁場がつくられるといわれています。

 私たちは加速度的に変化していく時代の流れの中で、際限なき便利さや欲望と引き換えに自然の破壊を繰り返してきましたが、失ってしまったものの大切さに気付き始めました。

 豊かな自然を守るために知恵を出し合い、いま自分たちがなすべきことを考え、次の世代に確実に残していかなければなりません。今後も自分の創作活動体験からの気付きが、自然保護への活動にも生かせるよう努力していきたいと思っています。





(上毛新聞 2009年11月5日掲載)