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県臓器移植コーディネーター   稲葉 伸之(館林市大島町)  




【略歴】新日本臨床検査技師学校卒。千葉県内の病院に勤務後、青年海外協力隊に参加。帰国後、県立がんセンターを経て総合太田病院ME課(臨床工学)に勤務。



臓器移植の現場



◎心癒やす崇高な医療




 臓器移植医療はドナーとその家族、レシピエント(移植を受ける人)と移植医が中心であるが、日夜、患者やその家族に向き合い、臨床の現場で懸命に頑張っている医師や看護師・医療スタッフ、そして彼らを支えている病院の存在を忘れてはならない。

 主治医は、可能な限りの医学的治療を行っても、医学的に救命できない患者を担当することもある。例えば、重症のくも膜下出血や脳出血、交通事故や転落による外傷性硬膜外血腫、心肺停止による蘇生(そせい)後、脳死症に陥った場合などだが、そんなときでも主治医や看護師は最善の救命治療を尽くす。そして医療の限界のとき、根拠に基づいた医療の内容を説明して、救命できない病状を丁寧に時間をかけて家族に説明し理解を得るように努める。

 しかし、患者家族の受け入れはさまざまである。家族は、現実の状況を否定したり、怒りをあらわにしたり、泣き叫んだり、無表情になったり、冷静に現状を受け入れようとしたりする。そして最終的には主治医の説明に耳を傾け、今後の方向を選択しなければならない現実がある。そのような患者家族の精神的な不安や負担をサポートし正しい判断ができるように、病院では治療の終わりを最終とせず、家族の心のケアに携わることも最近は積極的に行われている。家族からの申し出や主治医からの意思確認という方法による臓器提供といった道も尊重されており、臓器提供が家族の心の支えになることもある。

 患者や家族の意思を尊重し臓器提供が行われる場合、主治医にとって精神的ストレスや業務が増えるなどの負担も多いが、われわれ移植コーディネーターに協力してくれる主治医や看護師、医療スタッフも増えている。初めて臓器提供を経験する場合、不安や心配が多いが、臓器提供された家族の感謝の言葉や、移植を受けた経過、レシピエントからの礼状などを見て、驚きや感銘など受けて関心や興味が深まる主治医や看護師がほとんどである。

 病院の医療は日々変化し、治療や救命だけでなく、患者やその家族の医療への満足や心のケアまで対応するようになっている。そんな中、医師として患者を診て、人として真剣に患者と家族に向き合い、家族と信頼関係をもつ「主治医にしかできない医療」もある。臓器提供という崇高な医療は、悲嘆家族の心を癒やしたり支えることで、主治医や看護師には医療職としてのやりがいを超え、人間として心で感じる充実した大きなパワーを与えてくれる。

 多忙な中、臓器提供意思を尊重し最期に家族が患者と一緒の時間が過ごせる、そんな見取りの医療を理解し考慮できる臓器提供ドナーの主治医や担当看護師に心より敬意を表したい。





(上毛新聞 2009年10月20日掲載)