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◎大事なのは続けること 群馬から上京して20年、ようやく訛(なまり)から解放され、テレビの仕事も少しずつ入ってきた仕事帰りにバッタリ、劇作家の清水邦夫氏と出会い、「これからの演劇と題し蜷川幸雄と対談なんだよ。石井も見に来いよ!」と誘われた。 会場に入ると、いきなり蜷川さんに「こっちの席に来い」と言われ、「こいつは!」と頭を軽くたたかれました。私は手で防ぎながら「やめてください。私はもう蜷川さんの所の若手じゃないですから!」と。会場が笑いと拍手で私の味方になりました。 劇団に入って10年、少しずつ観客に知られるようになっていた私に、蜷川さんから舞台のオファーがありました。作品はシェークスピアの「テンペスト」。役は道化でした。初の英国公演です。群馬から上京して渥美清の弟子になり、蜷川さんと出会い、劇団に入ったけれど、まさか海外で芝居をするなんて夢にも思いませんでした。 英語が全くできない私は言葉の壁が大きく、舞台に出るのが嫌でしたが、共演者の田中裕子さんや松重豊君に「舞台は日本語で演じるんだから大丈夫」と慰められ、出られました。道化たちが退場し始めると、客席から笑い声と拍手が起きました。舞台袖に引っ込むと、英国のスタッフが親指を立て「グッド!」。思わず涙があふれてきました。 その後、海外公演も英国に6回、仏、米国と行ってきました。蜷川さんと再会したことで世界の舞台に出ていくことができました。群馬の田舎の少年の、俳優になりたいという夢がこんなふうに転がって行くとは思いもしなかった。大事なのは続けていくこと。演劇はタスキをつなぐ駅伝のようなものです。 作家は真っ白な原稿用紙に人間の喜び、気付かないおかしみ、隠された怒り、隠しきれない悲しみ、そして人間賛歌と、さまざまな思いを込めて言葉を生み出します。演出家は作家から託された本を観客にどのように伝えるのかと、作家の思いと演出家の意志を俳優に託します。俳優は作家の言葉に演出家の意志をのせて自分の肉体を通して思いと意志を観客に託します。演劇は託しの美学です。 これからは演劇もグローバル化してどんどん変化し、若い俳優たちは海外公演も当たり前になってくることでしょう。演劇を目指す若者たちは長く続けることです。小さな目標をいくつか乗り越えると夢が近付いて来ます。 私は今、35年所属している劇団の10月公演「その人、女優」と11、12月公演「12人の怒れる男」(蜷川幸雄演出)の2本立てで仕事をしています。「託しの美学」。この言葉を胸に―。1年間つたない文章にお付き合い頂きありがとうございました。 (上毛新聞 2009年10月19日掲載) |