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◎心に響く感謝の言葉 永平寺の調理係に配属された修行中の私。指導役の高僧と修行僧をあわせておよそ300人もの大所帯の食事を調えるため、早朝から夜遅くまで汗を流した。 朝食は、直径2メートルもある大釜で3時間かけて炊く玄げん米まい粥がゆ。同時にたくあんを切ったり胡ご麻まをすったりと腰をおろす間もないほど忙しい。もしうっかり失敗したら途中で作り直せる分量ではない。300人が朝食抜きになってしまうのだから責任は重大だ。おのずと調理場の空気は張り詰め、毎日が真剣勝負だった。老師や先輩に叱しかられ、倉庫の隅で悔し涙を流しながら、ひたすら頑張った。 ある日、無事昼食を終えて片付けをしていると、ち厨ゅう房ぼうの内線電話が鳴った。 電話の主は法要責任者の厳格な老師で、昼食のおかずを味つけした者に代わるように言っているという。 私は、今日のおかずもいつもの通り心をこめて作ったはずだが、何か不手際でもあっただろうか、それにしてもわざわざ電話をしてくるなんて、きっと叱られるに違いない、とビクビクしながら電話を代わった。 すると老師は穏やかな声で、「今日のおかずはとてもおいしかったよ、ありがとう。これからもその調子で頑張りなさいよ」と褒めてくださった。 ほんの数秒たらずの電話だったが、受話器を置いた後も、嬉うれしくて涙が止まらなかった。毎日の苦労が報われたような気がした。 もちろん、修行は他人から褒められることを期待して行うものではないことは十分承知していたが、それでもその温かい言葉は心の底から嬉しかった。私が本格的な精進料理の道に進むきっかけの一つとなった忘れられない言葉である。 誰もが、目立たないながらも毎日それぞれの務めを果たそうと精いっぱい頑張っている。ともすれば社会の歯車のように無機質に積み重ねられてしまいがちな単調な毎日に必要なのは、身近な人からの温かい感謝の言葉ではないだろうか。努力を認め褒めてくれる一言が、どんな苦労をも吹き飛ばし、明日への活力をもたらす最上の潤いになる。 そんな一言を誰かに伝えるためには、私たちがどれだけ多くの人や物に支えられながら生きているかに気づき、広く感謝の気持ちをめぐらせることが大切だ。 永平寺の門前街道には、 「身を削り 人に尽くさんすりこぎの その味知れる 人ぞ尊し」という一首が記された「すりこぎ羊ようかん羹」という名物みやげがある。 黙々と身をすり減らしながら貢献し続ける、目立たぬすりこぎ棒のありがたさに気づき、深く感謝しねぎらうことができたら、なんと素晴らしいことだろう。 あなたのすぐ身近にも、あなたからの温かい言葉をずっと待っている人がいるのではないですか? 合掌 (上毛新聞 2009年10月12日掲載) |