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◎柔軟な姿勢で議論を 宇宙から眺める瑠璃(るり)色の地球や月面の相貌(そうぼう)がハイビジョン映像で楽しめる今日―、はたして人類は未来にどのような風景を眺めるのであろうか、などと想像するのはとても楽しい。が、現実の眺めに立ち返れば、たちまち、対応を迫る景観問題が頭の中をよぎるのである。 およそ景観形成と言えば、規制・誘導がつきものである。それにはなにがしかの痛みが伴う。痛みとは、将来の環境のためにできうる限り我欲を捨てていただくことである。仕事柄、各地方に出かける機会があって、その折に目にする町並みや山里の風情、あるいは漁村のたたずまいに血の通った温かさを覚えることがある。風土や実生活と折り合いをつけながら変わってゆくという精気が感じられ、また、そこかしこに抑制の利いた人為性が漂っているように思えるからである。異質なものを嫌っているかのように見える静穏な面立ちには、無礼な家構えをしないという周囲への気配りがにじんでいるようだ。建築材料や技術的制約にも増して働く、いわく言い難いこの種の抑制力の根底に流れるのはいったい何だろうか。 学生時代、景観形成にかかわる「集団規定(ルールや基準)」を研究するために、『司法省蔵版 全国民事慣例類集』(明治十年版、明治十三年版)を調べたことがある。当時の司法省が民法編纂(へんさん)の一助として、全国各地で種々の慣例を聞き取りまとめたものである。その中に人の自制心への働きかけとかかわる興味深い事項があった。この場では詳述できないが、現行の法制度が整う以前の日本にも「土地に属する義務」「建築物の届出申請」「建築形態」「植栽配置」「家屋周囲の管理義務」等、近隣への配慮が暗黙の約束事として存在したようだ。いわゆる「お上」から与えられるものとは別の、ときに厳しく、ときに温かい「しきたり」の網によって居住空間の安寧が導かれていたのである。 現代では景観形成に関し、建築基準法、都市計画法、景観法、都市緑地法などの法律をはじめ、まちづくりをうたった条例、建築行為の誘導や緑化をねらった自主的協定などがある。行政と市民が協働しこれらをしなやかに用いれば各地の景観の将来が拓(ひら)かれよう。そのためには正しい景観像について議論し、それを共有することが必要である。 最後になるが、「モノ」に息の長いデザインがあるように、景観のそれを探すことをお勧めする。とは言え見定める力を持つのはなかなか容易ではない。たとえば、平穏無事の眺め、失われて気付く風景、変化し違和感を覚える眺め、などを持ち寄り議論の土俵に乗せることが第一歩となる。その時忘れてならないのが時代感覚に合わせて調律するという柔軟な姿勢である。 (上毛新聞 2009年10月10日掲載) |