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脚本家  登坂 恵里香(横浜市瀬谷区)  




【略歴】渋川市出身。早稲田大第一文学部卒。会社員を経て脚本家に。主な作品にテレビドラマ「ラブの贈りもの」「虹のかなた」、映画「チェスト!」(小説も発刊)など。



子育て神話の検証




◎必要な自立のための躾




 「下手な統制を加えず、市場の自然な競争原理に任せておけば経済はすべてうまくいく」

 ここ何十年か信じられてきた、いわゆる「市場万能主義」の考え方だが、これにはどうも重大な欠陥があるようだと近年多くの識者が指摘するようになった。神話がひとつ崩壊したのである。

 こうした「神話の検証」を、子育ての世界においてもする必要があるのではないか。最近、私はしばしばそう感じる。

 昔から、わが国の親というものはわが子をそれは熱心に教育した。明治生まれの幸田文が、父・露伴から受けた厳しい家事の躾(しつけ)について記した随筆に「あとみよそわか」というのがあるが、読んでおおいに感服した。昔の親は躾を断行することに一点の迷いも持っておらず、また子の方もそれを当然のこととして受け止めていたのだな、と。

 幸田露伴の例を挙げるまでもなく、かつての日本の親たちは「人として当たり前にできていなくてはならないこと」に関しては、子が半べそをかこうが何をしようが、できるまで決して手をゆるめなかった。これがわが国の伝統的な子育てのあり方だったのではないか。

 ところが、ある時期から「右のようなやり方は非常にまずい」ということに時代の常識が変わっていった。「どの子にもそれぞれ自主性というものがあるのだから、それが自然に芽生えるまでは、勉強をはじめ、あらゆる物事を決して無理強いしてはならない」と。

 親はわが子に「こうあってほしい」などと勝手な願望を抱かず、自然に子のしたいようにやらせた方がいい子が育つ、というわけだ。冒頭の市場万能主義となんだか非常によく似ている。

 さて、数十年にわたって行われた「子育て自然万能主義」の結果はといえば。

 親は先回りしすぎず、子供の成長を信じて待つことが大切。これに関しては私も何の異論もない。だが、それが「親が子に何かをするのは毒。むしろ何もしない方がいい」という極端な方向に行きすぎたせいで、多くの親が、自立に必要な最低限の躾にさえ腰が引ける状態に陥ってしまった。そうやって大人たちから「何も施されない」まま成長した人間がその後どうなったか。振り返るのも苦々しいというのが多くの人の実感ではないか。

 もう迷いは捨てよう。すべての大人には、子供をしっかりと教育する責任がある。皆がその思いを共有する「きっぱりとした」社会になってほしい。






(上毛新聞 2009年8月29日掲載)