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尾瀬保護財団企画課主任  安類 智仁(渋川市金井)  




【略歴】玉川大農学部卒。第3次尾瀬総合学術調査団員を経て、尾瀬保護財団に勤務。2008年度は尾瀬沼ビジターセンター(福島県桧枝岐村)の統括責任者も務めた。



尾瀬での事故防ぐには




◎自然の厳しさ認識して




 例年よりも涼しい夏が過ぎゆく尾瀬ですが、最近では湿原の色づきもにわかに変わり始め、夕暮れ時には秋の気配を感じるようになりました。冬までの残りわずかな時間を感じてか、短くなりつつある昼間の日差しを求め、湿原の花々たちも先を急ぐように咲き誇っています。

 さて、今シーズンの尾瀬では残念なことに、大きな山岳事故が複数起こってしまいました。尾瀬は原生自然を見ることのできる貴重な場所ですが、その自然は厳しい環境条件によって作られており、管理された都会の公園とは異なり、山であるという認識が必要です。さまざまなメディアで紹介される尾瀬の優しいイメージと、実際に歩いて苦労したというギャップを経験された方も多いのではないでしょうか。

 尾瀬での傷病事故の発生原因を過去5年間について調べたところ、最も多いのは歩道上での転倒によるケガ(78%)で、木道が整備された尾瀬ならではの特徴です。次いで多いのは病気(15%)ですが、こちらはケガとは異なり、自力下山が難しい重大な事故へとつながる可能性があります。登山は自己責任で行うという大原則は尾瀬でも同じですが、暑い日や寒い日、雨の日や霜が降りた日、たくさんの登山者が訪れる日には、尾瀬人(尾瀬で働く人々)たちは登山者の安全を気に掛け、「今日は大丈夫だろうか?」と話すことが多くなります。尾瀬を十分に楽しむためにも、ぜひ安全への気配りも忘れないでいただきたいと思います。また少しでも体調の異変があれば重大な事故へとつながる前に、近くの尾瀬人たちに助けを求めていただければと思います。

 心優しい山男だからこそ、時にはあまりにむちゃをする登山者を怒ることもありますが、そこから発せられる言葉は真剣そのものです。以前に片品村遭難対策救助隊副隊長の萩原博美さんから、こんな話を聞いたことがあります。

 「救助の仕事はわずかな報酬でボランティア的なものです。一方で救助依頼は前夜に突然入ることが多く、本業のやりくりに苦労するのも事実です。ですが助けを求めている登山者を早く助け出したいと自然に体が動くのです。尾瀬だけではありませんが、山では心のふれあいが大切ですし、また必要だと思っています。だからこそ山では『こんにちは』と声をかけつつ情報交換をしています」

 せっかく日常生活から離れて尾瀬に来たのですから、その場を楽しむという気持ちを持ち、尾瀬で起こる出会いの機会を大切にし、安全に尾瀬を歩いてもらいたいと思います。

 9月半ばを過ぎれば、いよいよ尾瀬には紅葉シーズンが到来します。残りわずかな今シーズンの尾瀬で、みなさまが来るのを楽しみに待っています。





(上毛新聞 2009年8月26日掲載)