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農業技術協会会長 藤巻 宏(藤岡市立石)




【略歴】東京農工大卒。1961年に農林省に入省。いくつかの研究機関を経て、農業生物資源研究所や農業研究センターの所長、東京農業大教授を歴任。2007年12月から農業技術協会会長。




天然物は安全か




◎科学技術により確認を




 昨今、世間の話題になっている自然農法や有機農業、あるいはそれらの農産物の愛好者のなかには、「天然物は安全である」と信じている人が少なくないのではないでしょうか。しかし天然物が安全であるという科学的根拠はありません。むしろ、天然は危険に満ちており、古来人類は経験と知恵により食物の安全性を確かめ、また、現代の私たちは科学技術によりリスクを軽減していると言えます。

 農作物の祖先種や近縁野生種の中には、有毒物質や不快物質を含んでいるものが少なくありません。本来移動能力をもたない植物は、動物や昆虫などの天敵の食害を避けるために青酸やアルカロイド類などの有毒物質や苦味、辛味、渋味などの不快物質を体内に蓄積して身を守るすべを進化させました。キュウリの苦味、トウガラシの辛味、カキの渋味などは、それらのなごりとみることができます。

 野生植物が保身のために合成するアルカロイド類などの二次代謝産物の中には、人や動物に猛毒なものも少なくありません。トリカブトなどのほか、身近な植物でも、アセビ、オモト、ヒガンバナ、キョウチクトウなど強い毒をもつ植物が多くあります。これらの野生植物が作る有毒成分が生薬として利用されるケースもあります。

 農作物の中にもウメ、アンズ、キャッサバ、ヤムイモなどには青酸化合物やアルカロイド類などの有害物質が含まれていますが、加工や育種により有害成分を除去して食の安全を確保しています。身近な山菜として親しまれているワラビやゼンマイには発がん性物質が多量に含まれていますが、水さらしによるあく抜き加工により有害成分を除去することができます。

 私たちが日常食べ慣れている食物の安全性は、何千何万年もかけて人類が経験的に確かめてきた結果であり、いかなる食品も安全性が科学的に証明されているわけではありません。誰にでも絶対安全な食品は存在しないとも言えます。たとえば、そばはおろか、米や小麦を食べてアレルギーを起こす人がいることはよく知られています。

 したがって、新規の食材や遺伝子組み換え食品の安全性に関しては、私たちが長い間食べ慣れ、大多数の人に害を及ぼさないと分かっている既存食材と栄養分や含有成分を比較して、実質的に同等であれば、安全であるとみなす以外に確認の方法はありません。

 天然物は安全で人工物は危険と妄信することには、大きなリスクを伴いかねません。私たちの祖先は長い間の経験と知恵により天然物の中から大多数の人に安全な食材を選択してきました。現代に生きる私たちは、食材の安全性を科学技術により確かめていく以外に道はないことを認識しておく必要があります。






(上毛新聞 2009年8月12日掲載)