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精進料理研究家 高梨 尚之(沼田市)




【略歴】曹洞宗永福寺住職。元永平寺東京別院の料理長。ウェブサイト典座(てんぞ)ネット主宰。お盆の仏膳作法公開中(http://blog.tenzo.net/)。




「竜宮の椀」が伝える心




◎お盆に手作りのお膳を




 「むかーしむかしのお話。村はずれの滝壺(たきつぼ)の底は竜宮城につながっていてな、乙姫様が住んどったんだと。

 村でお祝いやお葬式があるときは滝にお願いに行くんじゃ。そうすると乙姫様がたいそう立派なお膳(ぜん)を人数分貸してくれたんだと。

 ある時うっかり者が一組だけ返し忘れてな…」

 郷土が誇る景勝地、吹割(ふきわれ)の滝に伝わる「竜宮の椀(わん)」と呼ばれる昔話である。

 わが県ではかつて冠婚葬祭の折、自宅の広間に漆塗りの高脚(たかあし)膳がずらりと並べられて宴席が設けられた。ご近所の台所上手が腕をふるい、手作りの素朴な料理がお膳を華やかに彩った。こうした地域の習俗が、この伝説が生まれる背景となったのではないかと思う。

 ところが時代は移り変わり、久しく重宝されてきた家紋入りの漆膳も、今や土蔵の奥でホコリをかぶっている。わずかに葬儀の際、当地では古式通りにご近所が協力して作った昔ながらの手作り精進料理を皆で食する機会があるくらいだ。

 もちろん、忙しい現代社会では冠婚葬祭にもスピードと簡略化が求められる。何日も仕事を休んでお膳を準備する時間はないし、衛生面からも仕出し業者や飲食店に依頼する方が好ましい。今さら自宅に漆膳を並べる冠婚葬祭を勧めることは難しいのが現実だ。

 ただ、そうした伝統的な慣習の中には、学び伝えていくべき尊い教えが必ず隠されていると思う。

 私が言いたいのは、手作りの料理に込められた真心である。親しい人が一生懸命に作った料理は、もちろんプロの技にはかなわないが、心に響く温かさとやすらぎがある。少なくとも私は、どんなに高価で上品な料理よりも、ふるさとの素朴な味の方を選ぶだろう。

 合理化のつもりが、ただの手抜きになっていないだろうか。何でも他人任せにして、大切な心を忘れてしまっていないか。

 もうすぐお盆だ。あの世に旅立ったご先祖様や亡き人の魂が、懐かしいわが家に帰ってくる。年に一度の大切なお盆に、忙しいからといって市販のパック弁当を電子レンジでチンしてお供えするのでは、漆のお膳で育ってきたご先祖様に対してあんまりじゃないか。どうしても時間がなければ、せめて仏膳に盛り替えるひと手間が大切だ。

 お盆くらいは自分の都合を忘れ、生前お世話になった亡き人への恩返しのつもりで、もてなしの心を込めたお膳を作り、お供えしてみてはどうだろう。細かい作法は私のブログで公開中なので参考にしてほしい。

 忙しい中、あれこれ苦労して手間をかけた料理だからこそ、ありがたい供養になる。たとえ味つけが少々珍妙でもかまわない。それこそ、他では食べることができない、懐かしきわが家の味なのだから。  合掌





(上毛新聞 2009年8月11日掲載)