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◎逆境の中で勝機つかむ 1871(明治4)年、18歳のユダヤ系イギリス人青年が、単身ロンドンから開国間もない横浜の地に降り立った。 マーカス・サミュエル。後に巨大石油資本(メジャー)の一つとなるロイヤル・ダッチ・シェル社の創業者である。彼が横浜に来た9年前には、同じイギリス人が殺傷された生麦事件やそれに端を発する薩英戦争があり、外国人に対する日本国民の感情は決して好意的ではなかった。開国間もない日本。外国人自体が珍しい時代の話である。18歳の青年を日本に呼び寄せたものは何であったのだろうか。 所持金も少なく、言葉も通じず、知人も少ない。そのような逆境にありながら、彼はひとり何を考えていたのだろうか。資料が乏しく想像の域を出ないが、『逆境にあることこそが最大のセールスポイントである』と思って行動していたふしがある。 マーカスは手始めに横浜や湘南で集めた貝に細工を施して、欧州へ輸出するビジネスを始めた。波打ち際に打ち捨てられていた貝殻を拾い集める外国人の姿は、当時の日本人には奇異に映ったことであろう。しかし、それを加工して輸出すると、欧州で大変な評判となった。外国人の知らない世界に独りぼっちでいるという逆境を、いわば逆手にとって、「誰も知らない日本の魅力を伝える」ことに成功したのである。 マーカスは次第に扱う品々を増やしていき、自社を極東と欧州をつなぐ総合商社として成長させた。折しも、世界のエネルギー市場は石炭から原油へと大きな転換期を迎えており、マーカスは同じユダヤ系財閥のロスチャイルドと提携して、原油取引で大きな利益を得ることに成功した。マーカスが逆境の中から構築した極東のネットワークは、ここでも重要な役割を果たしたのである。 逆境にある時だけしか得られない勝機というものがあるのだろう。大事なことは、いかなる時も自分の置かれている状況を冷静に分析し、最善を尽くすことにある。マーカスの成功は、決して偶然の産物ではない。自戒の念を込めて言えば、われわれは逆境を理由に自分の努力の至らなさを軽視してしまいがちである。逆境を嘆く気持ちは理解できるが、逆境の中でしかできないことがあることを忘れてはならない。 今日、ロイヤル・ダッチ・シェル社は年間5兆円に迫る営業利益と10万人を超す従業員を抱える企業に成長した。マーカスが海浜で集めていた貝殻を模したトレードマークを街で見かけると、逆境に陥った時何をなすべきなのか、時代を超えて考えさせられる自分がいる。 (上毛新聞 2009年7月23日掲載) |