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北越製紙研究所主幹  清水 義明(新潟県長岡市)




【略歴】高崎市出身。高崎高卒。東北大工学部資源工学科卒。同大学院修士課程修了。1979年から北越製紙勤務。現在、同社研究所研究員。紙パルプ技術協会会員。



紙の技術



◎貫かれる「不易流行」




 中曽根康弘元首相が「不易流行」という言葉をよく使います。松尾芭蕉が俳句に取り組む姿勢を表した言葉ですが、本質的なものはそのまま変化させず、新しいことを取り入れていくことです。元首相は俳人でもあるので、政治の世界にもこの精神が大切だと考えているのでしょう。

 紙の作り方を簡単に説明します。原料の木を細かく切ったもの(チップ)をアルカリなどの薬品で煮て( じようかい蒸解)、紙の元(セルロース)を取り出し、漂白剤で白くしたパルプを作ります。このパルプをたたいて繊維一本一本にほぐし適当な長さに切断(叩こう解かい)し、水中で均一に分散しながら網の上で水を切りながら湿ったシート状の紙をつくります。これを乾燥させて仕上げる(平滑、塗工)ことによって完成します。

 こうした紙の作り方が、1000年変わらぬ基本原理として継承され、今に至るまで変わっていないのは、この方法が最も合理的と言える証左と言えます。

 この作り方は18世紀に機械化され、連続的に紙が作れるようになりました。さらに、現在まで機械の生産性を飛躍的に向上させてきた歴史があります。当時の機械で時速1キロメートル前後だったものが、現在では時速100キロメートルを超えています。紙の技術とは、生産性向上技術と言えます。

 「ブレイクスルー」という言葉があります。新しいことに挑戦する時に乗り越えなければならない技術突破のことで、よく引き合いに出されるのが、高額の特許料で話題を呼んだ発光ダイオードの発明です。

 紙の開発にはブレイクスルーなどありませんが、それに近いものがあるとすれば、現状の技術に他の技術を組み合わせて、今までとは性能や品質の違うものを作ることがそれに相当するかもしれません。

 以前かかわった事例ですが、大礼紙という紙をご存じでしょうか。典礼紙とも呼ばれています。その表面にレーヨンがきれいな紡ぼう錘すい状となった模様を作っていますが、通常の木材パルプの紙の上に美しいレーヨン繊維の紡錘形を作るのは難しい技術です。これを機械化された工程の中で作るために、薬品の種類や量、効果が出るイオン雰囲気、水温、攪かく拌はん方法など多くの要素が組み合わさって初めて目標の姿が見えてきます。

 各要素が最適条件となった時、今までとは性能の違うものができるという経験はブレイクスルーに近いでしょう。

 紙の製法は不変でも絶え間ない創意工夫があり、さまざまな製品に生まれ変わることでその時代のニーズに応えてきたと言えます。変わるものと変わらぬもの。それがひとつになる。「不易流行」の精神が紙の技術の世界にも見えてきます。





(上毛新聞 2009年7月20日掲載)