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県臓器移植コーディネーター  稲葉 伸之(館林市大島町)




【略歴】新日本臨床検査技師学校卒。千葉県内の病院に勤務後、青年海外協力隊に参加。帰国後、県立がんセンターを経て総合太田病院ME課(臨床工学)に勤務。



臓器提供の現場




◎家族の本当の思い確認





 臓器移植法の改正案が衆議院の本会議で採決され、A案が賛成多数で可決し参議院に送られた。翌日の各新聞社の朝刊1面は、「脳死は人の死」「15歳未満も臓器提供」といった大きな見出しで、賛成・反対の立場からいろいろな団体や関係者の記事が掲載された。

 世界中の多くの国では、「脳死は人の死」であり「家族の同意」で臓器提供は可能であるが、日本は1990年代初めに「臨時脳死及び臓器移植調査会」で2年の時間をかけて議論を行い、「脳死は人の死」との結論を政府に提出し、1997年の臓器移植法制定の際にも参議院で大幅な修正を行い、本人の書面での意思表示と家族の同意を必須とし臓器提供の時に限って脳死とした。実際に11年半、現行の臓器移植法の下で81例が「脳死」と判定され、臓器提供が行われた。

 しかし、国会では、またもや「脳死」慎重論がとりざたされている。現行法もA案も脳死者全員からの臓器提供を求めているわけでもなく、治療の中止をするわけでもない。脳死に慎重な考えの方々への配慮も行い、臓器提供したくない意思表示も可能であるし治療の継続も尊重されている。

 これまで、臓器移植コーディネーターとして、多くのドナー家族と接する機会があったが、多くは心停止下での臓器提供である。家族からの申し出もあれば、医師や看護師からの確認のときもある。本人の意思を尊重する家族、本人の意思が不明な場合でも積極的な臓器提供を希望する家族や、書面による意思表示はないが家族で臓器提供について話し合ったことを考慮して承諾された家族、臓器提供を悩まれて十分家族で話し合い提供を承諾された家族など、いろいろな家族がいる。

 どのケースでも、自分の家族の死に直面し悲嘆する心境は計り知れない。多くは急な病気や事故であり、命が助からないことの受け入れに時間が必要な家族がほとんどである。コーディネーターは、ドナーの病態が安定していれば家族が臓器提供を考える時間を極力作っている。家族の本当の気持ちを確認するため、ベッドサイドで動かぬ家族を見つめて、心で会話をしてもらい、家族だけの時間をつくる。時には、グリーフケアとして話し相手になり聞き役に徹することもある。インフォームドコンセントの際にも家族との会話やしぐさ、表情、目線など注意しながら本当の気持ちを確認している。

 臓器提供の現場は、家族も主治医も看護師も移植コーディネーターも、誰もが緊張し尊厳を持って接している。臓器提供は無理やりでも押し付けでもない。人として素直な気持ちや思いで、脳死・心停止にかかわらず、残された家族が愛する家族の死を容認した時、初めて前に進むのである。





(上毛新聞 2009年7月6日掲載)