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尾瀬保護財団企画課主任  安類 智仁(渋川市金井)




【略歴】玉川大農学部卒。第3次尾瀬総合学術調査団員を経て、尾瀬保護財団に勤務。2008年度は尾瀬沼ビジターセンター(福島県桧枝岐村)の統括責任者も務めた。



夜の尾瀬




◎日中にはない出会いも





 尾瀬はシーズン最初の主役だったミズバショウの見ごろが過ぎ、さまざまな植物が咲き誇る、花真っ盛りの季節を迎えています。尾瀬人(尾瀬で働く人々)たちの間でも、「あの花は咲いたかな?」という会話があいさつ代わりに交わされるようになります。山男たちがお花のことで一喜一憂する姿はなんだかほほ笑ましいですが、最近はその会話の中に、夜の尾瀬の魅力に関する話題が多くなっています。尾瀬に魅せられ、そこに住むようになった尾瀬人たちが語る、尾瀬の夜の魅力とはどんなものなのでしょうか。

 夜の尾瀬を歩いていてまず驚くことは、意外に明るいということです。もちろん登山道には街灯があるわけもなく、ここで言う明るさとは月明かりのことです。尾瀬ケ原や尾瀬沼は周りを山々に囲まれているため、月が顔を出すのは少し遅いのですが、月明かりに照らされ、木道だけでなく湿原の草花や自分の影、また山々の姿まではっきりと見ることができます。これらの姿は、昼よりも際だっているせいか一層存在感が強くなります。一方、月が顔を出さない尾瀬の夜は本当の暗闇が広がります。こんな夜はどれだけ目をこらしても、一寸先は闇となって全くの行動不能となります。遠くで雨が降っていれば、時折、雷の光が音もなく湿原を照らします。戸惑いを感じるかもしれませんが、日常生活でこれほどの暗闇を体験することも無いので、これも尾瀬の夜ならではといった感じです。

 明るい夜と暗い夜。不思議とこの両極端な夜には、普段は感じる動物たちの気配が薄くなります。明るすぎて動物たちが警戒するのか、暗すぎて夜行性といえども行動不能になるのかは分かりませんが、人間にも活動的な日とそうでない日があるように、動物にも同じことが言えるのかもしれません。逆にその中間の尾瀬の夜を歩けば、日中には分からなかった動物たちの気配が感じられます。湿原と森の境目辺りを歩く大型動物の足音や、前方からちゃっかり木道を歩いてやってくるキツネ、視界の上端すれすれ辺りを飛び交うフクロウ、植物の影ではホタルの光がまたたき、沢では日中よどみに隠れていた大きなイワナがゆらゆらと泳ぐ姿を見かけます。そうそう、一度だけ、交尾しているツキノワグマを見たこともあります。こんな尾瀬の住人たちとのドラマチック(?)な出会いがあるのも夜の尾瀬の魅力でしょう。

 夜の尾瀬は日中とは違い、濃密な大自然の中に自分だけがぽつんと立ちすくむような雰囲気です。少し怖い気もしますが、自分も自然の一部であることを意識し、その中に溶け込むことができれば、尾瀬の夜の静けさとダイナミックさを感じることができると思います。





(上毛新聞 2009年6月30日掲載)