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◎保たれる心地よい環境 生活者がいて住み継がれている伝統的町並みと、昔の風情は感じるもののテーマパークと見まがうばかりに手の入った歴史的町並み。両者の印象の違いはいったいどこからくるのだろう。あるいは、同じように名水百選に名を連ねていても、「名水」を餌に客引きばかりにしのぎを削る湧水(ゆうすい)地と、水争いなどが起きぬよう地域の人々が代々交代で聖地として守ってきた湧水地とが放つイメージが異なるのはなぜだろう。 たとえば、久しくその地に住んできた「旧家」と呼ばれる家には「出迎えの松」や「見送りの松」と呼ばれるような、住まいの粋な風情として共有されてきた屋敷構えの道具(=造園的装置)がある。これには、遠くから視認できるという視覚的効果と家人に成り代わっての来訪者への礼が期待されている。あるいは折々目にすることもあると思うのだが、家の前を掃き清め、玄関先に水を打つ生活作法は道行く人へのあいさつとしてすがすがしい。 町並みを飾り彩る「看板」や「暖簾(のれん)」は商いの作法を磨き上げてきた結果を反映するが、それとても美しい意匠や判じ物の意味伝達の面白さばかりに目を奪われてはならない。「暖簾」を守り「看板」に傷をつけまいとする独自の倫理観が奥に潜む。そこに通底するのは、時間を超えて普遍たらしめようというひたむきな強い意志である。そうした、いわゆる規範が家屋の表象や人のしぐさにあらわれる。「礼」という根本精神が見えればこそ、人を引きつけ招き入れるような働きかけが生じるものと思う。 名水にしても、入会(いりあい)の場所であるという意識のもと、独自の約束事によって環境が保たれてきた。独自のルールとは禁忌(タブー)などであって、たとえば、洗い物や汚いものを捨てるな、石を投げるな、金物を投げるな、魚を捕るな、植物を採るな、遊泳するな、などが環境の保全システムとして効果的に働いたのである。また、共有の意識を醸成するために土地に名が付けられ、さらに湧水誕生の秘話が生まれることもある。これらがやがて由緒となるのである。 こうした保全の身構えの一方で自然の恩沢を上手に利用できるように守人は工夫を凝らした。神秘的な地相に磨きをかけ、祠(ほこら)や社を設け、シンボリックな樹木を植え、美しい眺めを演出し、心地よい環境を整えた。さらに額に汗して、湧水口を清潔にし水くみ場を整備した。整備や維持管理に見るこうした姿勢は、おびただしい数のペットボトルが列を成し、自分専用の一輪車を常駐させるそれとは品位という点で明らかに一線を画する。ともあれ、訪れた先の佇(たたず)まいに行儀作法が息づくなら、そうした場所との出合いや発見は必ずやわれわれの心やからだの良き糧となろう。 (上毛新聞 2009年6月28日掲載) |