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落語家  三遊亭 竜楽(東京都墨田区)




【略歴】前橋市出身。中央大法学部卒。1986年、三遊亭円楽に入門。92年、真打ち昇進。中央大で学員講師。日本放送作家協会員。ワザオギレーベルよりCD「三遊亭竜楽1」が好評発売中。



日本医史学会の講演



◎古典落語の奥深さ





 初めて講演会の仕事を受けたのは真打昇進直後のことである。

 師匠円楽のおかみさんからいただいた成人式の講演。主催は栃木県西那須野町の教育委員会であった。これをきっかけにほかの自治体の成人式からも声がかかるようになったが、ある時期を境に激減する。代わって全国各地の商工会から講演を頼まれるようになった。タイトルは「経営に役立つ落語講座」。北は稚内から南は徳之島まで七、八十カ所は回ったはずである。続いて増えてきたのは建設会社の安全大会。町人の自治を基盤にした江戸の防火体制を中心に話を進めた。50回近く講演したが、このところ減少傾向にある。

 最近は「笑いとコミュニケーション」という演題が多い。落語が伝える人付き合いの極意がテーマだ。「笑いと健康のお話を」と要請されることもある。

 講演のタイトルはバブル絶頂期を経て景気低迷に向かう中、再び心と体への関心が高まりつつある時代の空気を反映しているようだ。

 九州佐賀市で開かれる第110回日本医史学会の講演を依頼された。旧知の佐賀大学医学部教授、佐藤英俊氏からのお声がかりである。開催ひと月前に送られてきた講演チラシ。タイトルを見て驚いた。

 「落語の中に見る幕末医療人」

 しかも基調講演としてある。門外漢にとっては高すぎるハードル。悩んだ揚げ句、一筋の光明を見いだした。

 落語が成立、発展していくのは江戸中期から幕末。そのころ演じられていた噺(はなし)には当時の医療事情が表れているはず…。探してみると次々に該当する演目が出てきた。

 “上手にも下手にも村の一人医者”という川柳で始まる「夏の医者」は、ひと山越えて先生が往診に行く噺。背景には田舎の極端な医師不足がある。唐(もろこし)土の故事にならい人間の生き肝を飲ませれば治ると診断する「肝つぶし」は占いに頼る非科学的状況を、誰が来ても葛根湯(かっこんとう)を飲ませる「葛根湯医者」は漢方医全盛の様子を伝えている。飼い犬の目を人間に移植する「犬の目」は手術による医療の到来を予感させる落語だ。手術は成功するが小便のたびに片足が上がるという結末がバカバカしい。

 当日はさまざまな落語をリンクさせながら、佐賀出身で“西洋医学の父”と云いわれた伊東玄朴の足跡をたどった。

 つたない講演を終えると足はガクガク。慣れない立ち仕事に緊張に過度の緊張が加わったためだろう。

 一番笑っていたのは演者のヒザだったというオチ。古典落語の奥深さに救われた一日であった。





(上毛新聞 2009年6月18日掲載)