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東京福祉大・大学院教授  栗原 久(前橋市昭和町)




【略歴】群馬大大学院工学研究科応用化学専攻修士課程修了。同大医学部助手、同助教授、和漢薬研究所を経て現職。専門は薬理学。著書に『カフェインの科学』など。


温泉と健康



◎求められる長期滞在型




 温泉とは、湧出(ゆうしゅつ)場所の水温が二五度以上、あるいは泉水一キログラムに含まれる溶存物の総重量が一グラム以上、または特定十八成分のどれか一つでも基準値以上の地下水である。

 温泉地は「健康の回復・増進・維持の場所」として利用されてきた。つまり湯治場である。日本における温泉利用の歴史は古く、古事記(七一二年)や日本書紀(七二〇年)をはじめ、さまざまな書物に記述がみられる。「因幡の白兎」の伝説は、温泉療法の代表例として挙げられるが、群馬県でも、男体山の神と戦って敗れた赤城山の神が、老神温泉(沼田市利根町)で傷を治して追っ手を撃退し、その地で老後を過ごしたとの伝説がある。

 現代社会の中で生活する私たちは、時間に追われ、しかも生活環境の悪化により、身体的・精神的疲労が蓄積し、生活習慣病(成人病)、リウマチ性疾患やアレルギー性疾患(アトピー性皮膚炎、ぜんそくなど)などの免疫異常、その他各種疾患のリスクが高まっている。これらの健康問題を解決する手段の一つに温泉利用がある。

 ほとんどの人は温泉に効能があることを知っており、ぜひ行きたいと思っているが、多忙な現代型ライフスタイルは温泉地での長期逗留(とうりゅう)を難しくしている。最近は温泉に対する関心が一段と高まり、テレビや新聞・雑誌に温泉を紹介する番組や記事が満ちあふれている。しかし、温泉地の多くは湯治場としての本来の目的から外れて、短期滞在型の遊興、娯楽、レジャーの場としての雰囲気が強く、豪華な食事を売り物にしている旅館・ホテルが多い。

 人間の生理活動にはさまざまなリズムが認められ、二十四時間周期の日周リズムが最もはっきりしている。さらに、気分や意欲、免疫機能、組織新生・再生のように七日周期のリズムもみられる。湯治は、自炊をしながら七日を単位(一巡り)として一~四巡りするのが本来の姿で、二十四時間周期と七日周期のリズムを整えてストレス状態を緩和し、自然治癒力を高めるという観点から、理にかなった習慣といえる。逆にみると、一、二泊の慌ただしいスケジュールでは、温泉の効能を期待するのは無理で、かえって日周リズムを乱して健康を害しかねない。豪華な食事はメタボリックシンドロームを引き起こすだけである。

 群馬県は温泉に恵まれ、療養泉の条件を満たす温泉地が多い。四万温泉は国民保養温泉の第一号の指定を受けた温泉地である。四万温泉や万座温泉では自炊による湯治スタイルを残している施設もあるが、各地の温泉地で、長期滞在の湯治客を格安料金で受け入れる宿泊施設が増加することを願っている。





(上毛新聞 2009年5月16日掲載)