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群馬大非常勤講師  辛島 博善(千葉市稲毛区)




【略歴】慶応大文学部史学科卒。東京外語大大学院地域文化研究科博士前期課程修了。モンゴル国立大大学院地理学研究科留学。2008年から群馬大、前橋工科大非常勤講師。


ヤギの増加と草地劣化



◎エコも環境の脅威に?




 モンゴル遊牧民にとって春は家畜の出産シーズンです。年によって、また地域によって異なりますが、ヒツジやヤギの場合、出産は三月から五月の間に行われます。出産、哺乳(ほにゅう)、放牧など、多くの作業をこなさなければならないため、この時期はモンゴル遊牧民にとって最も忙しい時期となります。

 その忙しい家畜の出産の作業の合間を縫って、カシミヤの採毛が行われます。カシミヤと言えば以前は高級品というイメージがありましたが、近年、カシミヤ製品が比較的安価に買えるようになってきました。その背景の一つとして、社会主義体制から市場経済へ移行したモンゴルの遊牧社会で生みだされるカシミヤが流通するようになったことが挙げられます。

 カシミヤはインドのカシミール地方の名に由来するカシミヤ種のヤギから採れるものですが、モンゴルでもこのヤギが飼養されています。カシミヤの原毛はこのヤギの体の表面を覆う長毛の間に生える軟毛ですが、この軟毛は暖かくなると抜け落ちてしまうので、この時期に採毛しなければなりません。ヤギを動けないようにするために両前足と片方の後ろ足を縛り、体の表面の毛をくま手のような形状の専用のくしでとかすと採毛することができます。フケが出始めると作業は完了です。この作業には、一頭につき一時間ぐらいかかります。慣れている人でも一日に十数頭が限度だそうです。

 現在、モンゴル遊牧民にとってヤギが生みだすカシミヤは大きな現金収入となっています。このことは市場経済への移行後のモンゴル国におけるヤギの増加の理由を説明するものですが、近年、ヤギの増加につれて草地の劣化が指摘されるようになってきました。この草地の劣化の原因は、一説によれば、増えすぎたヤギが草を根から食べてしまっているためだと言われています。もっとも、草地の劣化の原因を明らかにするためには、遊牧民の宿営地間の移動距離の変化、さらに地球規模での温暖化といったことも考慮しなければなりません。とはいえ、もしヤギの増加がモンゴルの草地に負荷をかけていることが事実だとするならば、化学繊維ではない「地球に優しい」ように思われる素材が、その生産において自然環境を脅かしているということになるのです。

 本来的には「地球に優しい」「エコ」なものであっても程度によっては脅威にさえなるということは、モンゴルのカシミヤの話に限らないかもしれません。私たちの身の回りの「エコ」を、そのような観点からもう一度見直してみる必要があるように思われます。






(上毛新聞 2009年5月13日掲載)