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染色美術家  今井 ひさ子(前橋市総社町)



【略歴】兵庫大短期大学部デザイン科卒、同大染色研究課程修了。県美術会理事、光風会評議員。上毛芸術奨励賞、県美術展山崎記念特別賞など受賞。県立女子大非常勤講師。



天蓋の制作



◎「美の遺産」を次世代へ




 昨年、思いがけず、天蓋(てんがい)制作の機会をいただきました。

 天蓋とは、西洋では四本の柱の上に屋根が付いている形が一般的です。バチカンにあるサン・ピエトロ大聖堂の主祭壇にある天蓋は、十七世紀に約十年の月日を費やし、完成されました。捩(ねじ)れた形状の四本のブロンズの円柱があり、そこには月桂(げつけい)樹の葉とオリーブの枝が絡みつくように配され、剣や聖書を持っている天使の像が上部の四隅に立っています。

 大聖堂の中心に位置する高さ二十九メートルの天蓋は主祭壇を覆うにふさわしく、息をのむほどの豪華さです。そのスケールの大きさに圧倒されました。

 その一方、仏教では天蓋は仏像の上部につるす装飾的な覆いのことを指すのが一般的です。京都・相国寺の釈迦(しゃか)如来像の頭上に飾られている布天蓋は五十年前に取り換えたそうですが、恐らく天然染料で染められていたのでしょう、淡いベージュ色で、ぽってりと厚みのある絹布です。

 サン・ピエトロ大聖堂とは対照的な禅寺の法堂は、無駄な装飾を排した簡素な佇(たたず)まいです。その空間の中で、少し厚みのある絹布の天蓋は圧倒的な存在感を示していました。

 今回の天蓋制作にあたり、限られた空間で最大限の効果を出すために長細い布を前方から奥へ整然と並べ重ね、透けた絹布の重なりで奥行きが感じられるように工夫しました。

 一般的に天蓋は円形、方形、六角、八角の形状で天井から下げられます。しかし、それにはとらわれず、二色の透明な絹布を列に並べ、その一部が重なり新しい色が生み出される効果を狙い、サーモンピンクとライトグリーンという反対色を使うことにしました。

 天蓋の多くは宝珠やキラキラ輝く瓔珞(ようらく)などで装飾され、天人や鳥なども彫刻され、荘厳な空間をつくる効果があります。それと同様な効果を得るために、布の両端を金糸で縫い、刺繍(ししゅう)と金箔(きんぱく)、水晶やトルコ石等の天然石で装飾しました。その使用した水晶の数は二万個にもなりました。

 水晶の房作りや金糸の刺繍や縫いとめていく細工など、多くの協力者の手で、一年ばかりの制作期間をかけ、完成に至りました。友人とその仲間の方々と過ごした制作期間の貴重な日々は、私の財産となりました。

 今回の天蓋制作は、伝統文化の伝承参加を踏まえ、仏教の伝統的様式を基本に、美術工芸家として布を媒体とした新しい提案を実現することができました。

 文化財をはじめ膨大な時間と多くの人の労力をかけて完成された先人の遺(のこ)した「美の遺産」を、すべての人がそれぞれの方法で次の世代へ引き継ぎ、伝えることができるのです。このことが再確認できた体験となりました。






(上毛新聞 2009年3月25日掲載)