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◎人生を思い、接する心 世界的な免疫学者、多田富雄氏の著書「寡黙なる巨人」には圧倒され、勇気をいただいた。多田氏は「あの日を境にしてすべてが変わってしまった。(中略)言葉を失い、食べるのも水を飲むのもままならず、沈黙の世界にじっと眼を見開いて、生きている。それも、昔より生きていることに実感を持って、確かな手ごたえをもって生きているのだ」と記している。ご存じの通り、多田先生は世界中に弟子を持つ高名な免疫学の権威である。旅先で脳梗塞(こうそく)に倒れ、言語や嚥下(えんげ)に障害が残った。 この著作は壮絶なリハビリを経て、少し動くようになった左手でワープロ書きしたという。人生をかけて積み上げてきたものを一夜にして失った悲しみに負けず、生きることの意味を考え、自分らしく生きるまでのすさまじい闘病記だ。多田氏は著書を通じ、障害を抱えて生きることの大変さや、「その人」らしく生きることの意味をわれわれに教えてくれている。 また、このような状況にあって、専門分野の研究にとどまらず、社会に対して障害者の視点からケアのあり方、日本の福祉行政のあり方を訴えている。その生き方はケア専門職の私たちに、人とどう向き合ったらよいのかという大きな課題も投げかけている。 われわれは日々多くの施設利用者と接し、その生き方からたくさんのことを学び、生きることの意味と向き合っている。人が生きるということは、日々の生活があるということである。人間が年をとり、病を抱え、障害を抱えて生き続けるということは、毎日が自分らしく生きることとの戦いだ。その視点に立てば、「その人」の、ほんのささいなしぐさや表情、言動の中に人が懸命に生きている姿をケア専門職はとらえられるはずである。 人の心を推察し、他人に優しく接することができるのは、人間が持つ最大の特性である。その特性を最大限に活用し、高齢者それぞれが望むであろうことをしっかり見つめ、その人の思い、生きてきた人生に思いをはせて接することが介護の専門職に求められている。介護者自身が心を磨き、「自分だったら」「自分の父や母だったら」「愛する人であったら」どうなのかを考えることが大切だ。私たちは「その人」が尊厳を失わず、最期までその人らしく生きられるようなケアを心がけなければならない。それを支える専門職であることを常に意識し、その気概を職業倫理としていきたい。 (上毛新聞 2009年3月23日掲載) |