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群馬大非常勤講師  辛島 博善(千葉市稲毛区)



【略歴】慶応大文学部史学科卒。東京外語大大学院地域文化研究科博士前期課程修了。モンゴル国立大大学院地理学研究科留学。2008年から群馬大、前橋工科大非常勤講師。



遊牧民の暮らし



◎身近な物をリサイクル




 モンゴル遊牧民は住居を移動しながら牧畜を行っています。モンゴル遊牧民が住居を移動する理由はさまざまです。家畜が口にする水や草を求めて移動することもあれば、季節に応じて家畜の管理に適した場所に移動することもあります。

 こうした移動に際して、モンゴル遊牧民はウシやラクダといった家畜の力を利用してきました。移動の際の手間を考えれば、荷物は少ないに越したことはありません。現在ではこうした移動に自動車やトラクターが使われることも珍しくありませんが、移動性を考慮するならば、余分な物はなるべく持たないほうが良いということに変わりありません。

 そのためでしょうか、移動を常態的に行う遊牧民の持ち物は確かに多くありません。彼らの持ち物は「ゲル」と呼ばれる移動式住居や、家具、衣料、その他の日用品で、ラクダやウシ数頭で一軒分のゲルと家財道具一式を運ぶことができます。

 だからといって、モンゴル遊牧民が物を使わない暮らしをしているというわけではもちろんありません。遊牧民の暮らしには家畜を管理するためのさまざまな道具が使われています。そうした道具の一つに「ボーリ」と呼ばれるものがあります。「ボーリ」とはラクダの鼻の穴の下に木の棒を通し、手綱を結びつけてラクダの動きを制御するための道具で、ここではラクダの鼻木と呼んでおきましょう(このラクダの鼻木に関して一九四〇年代に内モンゴルを調査した梅棹忠夫が記録しています。興味のある方は中央公論社刊『梅棹忠夫著作集第二巻』を参照してください)。

 この鼻木が抜け落ちないようにするために、鼻木の先端にキャップをする必要があります。このキャップには、古くは革が使われていたようですが、私が調査の際に厄介になっていた遊牧民の家では、プラスチック製のケチャップの容器から切り出し、それを鼻木の先端に取り付けていました。この鼻木のキャップは、博物館にあるような伝統的な民具ではないかもしれませんが、見事な「リサイクル」によって作り出され、その機能を十分に果たしていたのです。

 モンゴル遊牧民は身の回りにある物を使って必要な物を作り出すことにたけているように思われます。もっとも、彼らがリサイクルやごみの減量を常日ごろから心掛けているというわけではなく、またモンゴル遊牧民の暮らす世界もごみ問題と無縁というわけではありませんが、決して多くはない身の回りの物を組み合わせて必要な物を調達するモンゴル遊牧民はリサイクル上手と言えるかもしれません。






(上毛新聞 2009年3月14日掲載)