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東京農業大教授  藤巻 宏(藤岡市立石)



【略歴】 東京農工大卒。1961年に農林省に入省。いくつかの研究機関を経て、農業生物資源研究所や農業研究センターの所長を歴任。98年に東京農業大教授に就任した。


食の安定供給



◎水田農業を基盤に




 ふるさと群馬の半世紀以上前の農村では、肥沃(ひよく)な土壌とともに日照、降雨、温度に恵まれた生産力の高い水田で夏はイネ、冬はコムギを栽培する二毛作農業が広く普及していました。私が小中学生のころには、春と秋に農繁休暇があり、農家の子供たちは言うまでもなく、非農家の子供たちも親せきや近所の農家に手伝いに行き、農業体験をすることができました。

 わが国の水田農業には二千年以上の歴史があり、イネの栽培を連年繰り返してきました。水田ではイネを同じ圃場(ほじょう)に毎年栽培(連作)することができますが、畑では連作障害により同じ種類の作物を栽培し続けることはできません。たとえば、嬬恋村のキャベツ栽培農家は、輪作や土壌消毒などにより連作障害の克服に苦心しています。

 ある国際会議の場で、「どうすれば連作障害を克服できるか」という日本研究者の問に対して、外国研究者が「連作をしなければよい」と平然と答えたというエピソードがあります。ヨーロッパでは、古くから三圃式農業が行われ、集落の農地を三区分して、一区目に冬穀物、二区目に夏穀物を栽培し、三区目は放牧地として休耕する輪作農業が営まれていました。ちなみに、「連作障害」という専門用語は外国にはないことから、作物の連作は水田農業に親しんできた日本人の発想によるものと推察されます。

 水田は連作ができるばかりでなく、水資源の涵養(かんよう)、耕土流亡の防止、水田生態系の生物多様性の保全、灌漑(かんがい)水の蒸発による暑熱緩和など多くの環境保全機能を持ち合わせています。そのうえに、灌漑水からの養分供給や二毛作の可能性などを考えると、日本の水田では、環境にやさしく持続可能な生産力の高い農業を営むことができます。

 このように生産力の高い百万ヘクタール(全耕地面積の約五分の一)にも達する水田が空けられている一方で、海外から輸入される多量の農産物に依存しきったぜいたくな食生活は、一体いつまで続けることができるのでしょうか。アメリカ合衆国の農務長官の発言を聞くまでもなく、主食穀物は最も重要な戦略物資となります。食料自給率が40%に低迷する国で生活する私たちは、世界の穀物市況の悪化や自然災害による作況の低下などには、特に敏感にならざるを得ません。

 そこで、食の安定供給を確実にするには、環境にやさしく持続可能な水田農業を基盤として、低コストで安全な食料を安定的に供給することにより、食料自給率を高めて行くことが特に重要になると考えます。





(上毛新聞 2009年3月1日掲載)