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尾瀬保護財団企画課主任  安類 智仁(渋川市金井)



【略歴】玉川大農学部卒。第3次尾瀬総合学術調査団員を経て、尾瀬保護財団に勤務。2008年度は尾瀬沼ビジターセンター(福島県桧枝岐村)の統括責任者も務めている。


尾瀬学習



◎奢らず真摯な姿勢で



 今年は降雪が若干少なめで、二月初旬で尾瀬沼の積雪は約一・六メートルです。この時季の尾瀬関係者の話題は「積雪量や施設の破損状況」で、情報交換しながら自分の山小屋の雪下ろしの日を決めます。不思議なもので、多雪地帯の尾瀬にあっても雪下ろしを行わない山小屋もあり、立地条件や施設の構造が決め手だそうです。雪下ろしは大変な労働で、山スキーで入山するだけでも一日がかりなので、作業の回数はとても重要です。

 さて、私たちが管理しているビジターセンターの雪下ろしは三月の予定。今回はそんな雪下ろし作業時に見聞きしたことをご紹介します。

 私が尾瀬の雪下ろしにかかわったのは今から十三年前。当時は尾瀬にかかわって四十年以上の大ベテラン星野睦治さんに教えてもらいながらヘトヘトの毎日でした。それでも次第に要領が分かり、調子に乗って勢いよく動いては休みを繰り返していました。一方の星野さんは淡々と作業を続け、気付けば私よりも多くの作業をやっています。休憩時間にそのことを聞くと、星野さんは「この作業を四十年間やっているけど、一回として同じ積もり方は無い。やわらかい雪、固い雪、もろい雪、締まった雪。雪の状況に応じてやり方を変えるのが肝心」と話してくれました。誰よりも尾瀬を知る星野さんの「一回として同じことは無い」という話からは、決して奢(おご)らず、真摯(しんし)な姿勢で尾瀬とかかわる姿を感じました。

 天気の良い日には橋の雪下ろしを行うために尾瀬ケ原へと出掛けます。冬の尾瀬ケ原の美しさは、私はもちろん長年山仕事をしている先輩たちにも隔世の感があります。ある年、橋の雪下ろし中に天候が急変し、猛吹雪となって視界のきかない尾瀬ケ原で行動不能になってしまいました。何しろ辺り一面が真っ白なので、方角はおろか、天地の区別もつかなくなり、転んでも自分が倒れているのか分からないような状況です。そんな時にメンバーにいた先輩が「蛇行する川もあるし尾瀬ケ原を歩いたらリングワンデリング(方向を失って同じ場所をぐるぐる回ること)になるから、まずは慎重に南に向かい、森に着いたら西に行けば山ノ鼻に出られるはずだ」と先導してくれました。

 悪化する天候の中で歩くこと三時間。日没で本当に行動不能になる直前にビジターセンターにたどり着くことができました。その先輩は「シーズン中に見える木道からの風景は真冬とは異なるし、山の陰には隠された別の地形もある。頭で地形が描けるように何度も歩くことが肝心」と話してくれました。木道から見える尾瀬の風景は、本当の尾瀬の姿の何十分の一にすぎず、尾瀬学習の充実にはこうした視点も必要なのだと思いました。





(上毛新聞 2009年2月22日掲載)