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◎社会により結果異なる モンゴルで盛大に祝われる正月はチベットから伝わった陰暦(太陰太陽暦)に基づいた正月で、毎年グレゴリオ暦の一月から二月の間にあたります。この陰暦の正月をモンゴル人は「ツァガーン・サル(白い月)」と呼びます。モンゴル遊牧民は、家を掃除して、ご馳走(ちそう)を作ってテーブルに並べ、一番綺麗(きれい)な民族衣装を着て、このツァガーン・サルを迎えます。もちろんテーブルに並ぶのはモンゴルの料理であり、彼らが着飾るのはモンゴルの民族衣装であり、こうしたツァガーン・サルの準備の光景は一見すると日本の正月の光景と随分と異なりますが、新たな年を迎える気持ちは日本人にも理解できそうです。 一方、さすがは遊牧民と思える風習もあります。ツァガーン・サルの時には、遊牧民の少年たちはウマを駆って近隣の家々へ新年の挨拶(あいさつ)回りに出かけます。近隣の家々といっても、お互いに五―十キロほど離れていることも珍しくありません。少年たちは訪れた家々で、「ボーズ」と呼ばれる蒸し餃子(ぎょうざ)をご馳走になり、Tシャツや靴下、お菓子などのお土産を頂いて帰ります。ツァガーン・サルの挨拶回りは数日間続きます。 こうした遊牧民の風習は都市でも受け継がれています。都市に住むモンゴル人も、このツァガーン・サルの間に知人の家を訪ね歩くことになります。 近年、モンゴルの都市部では携帯電話が急速に普及した結果、ツァガーン・サルの挨拶回りに若干変化が見られるようになりました。二〇〇三年のことですが、首都ウランバートルではこのツァガーン・サルの時期に街行く人々が携帯電話で年始の挨拶を交わす光景が見られました。通信手段の発達によって年始の挨拶は電話で済ませるようになったのかと思うとそうではありません。電話の声に聞き耳をたててみると、電話で相手がどこにいるのかを確認し、これからお宅に伺う旨を伝えていました。実は、この挨拶回りの際に折せっ角かく訪ねたのに相手が留守だったということも多々あるのです。モンゴルの都市部における携帯電話の普及がツァガーン・サルの挨拶回りを消滅させたのではなく、むしろ効率よくそれを行うことを可能にしたのです。 現代の日本において携帯電話の普及とともに顕在化した問題、例えば携帯依存症や犯罪への悪用といった問題の原因のすべてを携帯電話の普及そのものに帰してしまうのは短絡的かもしれません。携帯電話のような文明の利器の普及が従来の習慣を変化させてしまうことは珍しいことではありませんが、その結果は社会によって異なったものになる可能性があるからです。 (上毛新聞 2009年1月19日掲載) |